2008年度版 耐震設計学テキストダウンロードサイト

PDFによる講義資料配付は終了しました。


【2008年10月1日】
■第0回 イントロダクション
講義の概要について説明しました。


【2008年10月8日】
■第1回 地震被害の特徴をみる
前回の概要について若干補足します。
Pdf(耐震設計学概要 654MB)

地震被害の特徴は地域性にあります。最近の地震被害と調査例を紹介し、本講義のイントロダクションとします。以下のファイルをダウンロードし、持参してください。少し大きなファイルなのでLZHで圧縮してあります。
LZH(地震被害事例 3MB)

初めての質問票だったためでしょうか、講義全体に関わるような大きな質問が多かったようです。これらには講義全体を通して、回答するつもりです。本講義の最後に、こちらから、皆さんに試験という形で質問してみましょうか。

地震防災全体に関わる質問・・・

Q1:阪神淡路大震災の再現映像や、RC造の耐震実験の映像を見て、これから起こるであろう東海大地震への恐怖が強くなった。いろいろな人が東海大地震は阪神の地震よりも被害が大きいといっていますが、実際はどうなると思いますか(こた)?
A1:東海地震はその地震規模において阪神よりも数段大きいと想定されています。しかし被害の大きさは地震規模だけでは決まりません。発生する場所によって被害規模は大きく異なります。名古屋市に限定するなら、東海地震よりも近距離内陸地震のほうが、直接被害に関してはダメージが大きいでしょう。


Q2:現在の地震対策のうちもっとも研究が盛んに行われているのは、どのような分野ですか。また、最も効果が高いのはどの分野だと思われますか(いな、たた)?
今の日本では実際にはどのくらいの地震に対して安全と言えるのですか(また)?
A2:安全とは何か、対策とは何かという、深い問題がバックにあります。講義全体を通してお話ししていく予定です


Q3:きた大阪のインターネットカフェの火災で15人もの死者がでました。先生の考える問題点を教えてください(にじ)
A3:私が考える一番大きな問題点は、1990年代の内閣閣議決定・規制緩和推進計画にあると思っています。これは我々日本社会に建築に関わる大きな益をもたらした政策である反面、大きな悪も生み出しました。これについては講義のどこかで触れるつもりでいます。


Q4:先生の研究は地震を学ぶことから始まり、だんだんと広がって人と関わるようなことまで研究するようになったと言っていましたが、新しいことまで広がった際に自分の専門外の研究をすることで苦労することは何ですか(やま)?
地震学や構造学だけではなく心理学や医学も学ばれているそうですが、どんなことをやっているのですか(いさ)?
耐震設計学(防災計画)という授業で学んだことは、将来どのような分野・職種で生かせるとお考えですか(みひ)?
何で、人によって建築に対する対象は異なるのでしょうか(もだ)?
4:自分の興味や世界をどこまで広げるかによって、扱う対象は異なってきます。当然、そのための勉強が必要になりますが、何事も最初の一歩は大変です。しかし、学ぶことの楽しみや新たな領域を開拓することの醍醐味は研究者としての快感です。防災は応用がきわめて明快なので開発技術はそのままあらゆる分野で使えますが、本講義を通して学んでもらいたいことの一つは、そのような直接的な技術もさることながら、問題の発掘・それに対する取り組み姿勢・・・イズムです。


建物に関する質問・・・

Q5:建物それぞれに固有周期があって地震も毎回全く違う振動で同じ地震は起きない。どんな地震でも安全な建物を設計していくにはどのような工夫があるのですか(きま)?
どんな方法を使って地震の時の損害が小さくなるのか(りれ)?
A5:絶対に安全な建物というものは存在しません。安全な確率をできるだけ高くしようと構造技術者は日々努力をしています。基本的には、地震に強くする耐震技術・地震の入力を小さくする免震技術・地震応答のエネルギーを転換する制振技術があります。


Q6:近年の地震で耐震性の低い建物が問題となっていましたが、そのような建物に対して愛知県ではどのような対策がとられてきましたか(いま)?
A6:現在の耐震基準は満足していないけれども、建設当時の基準は満足している建物を既存不適格建築物といいます。これは、憲法で定められた不遡及の原則に従い違法建築ではありません。しかし、大きな揺れで倒壊するおそれがあります。その対策として国と地方自治体はそれらの建物の耐震補強を推進しています。具体的には、耐震改修の補助事業として、かかる費用の一部(数十万円程度)を税金から補助する制度があります。しかし、実際にはその程度の金額では耐震改修は完成しないため、個人の持ち出し額は高額となり、進んでいないのが実態です。



【2008年10月15日】
■第2回 地震被害の特徴をみる(続)
前回は時間切れで、最近の地震被害調査についてお話しすることができませんでした。その続きをお話しします。資料は、前回のものを使います。

地震動に関する質問・・・
Q1:中越地震では余震が大きかったですが、それはどうしてですか(いさ、いせ)?
A1:地震は断層面の破壊現象ですが、本震のみでは未破壊の領域が残るために、その後その領域が破壊し余震となります。一般的に本震のマグニチュードが大きいほど断層面全体の大きさが大きく、未破壊領域も多く残るために余震も多くなります。中越地震で余震が多かった理由はその破壊領域に加わっていた応力分布の加減など、地震学的にいろいろあるのでしょう。調べてみてください。


構造・構法に関する質問・・・
Q2:構造について地震動LV1とLV2に分けて考えていましたが、それぞれへの対応でどれぐらい費用に差がでるのかが知りたいです(さま)。
A2:それぞれに対して別の対応を考えるのではなく、LV1の地震動では建築物には弾性範囲の挙動を課し(壊れないと言うこと)、LV2の地震動では弾塑性範囲の挙動を許す(少し壊れてもよしとする)という考え方をとっています。


Q3:耐震診断値を求めるときに使う必要耐力とはどのような基準で決めているのですか。建築物の規模や用途により変わってくるのですか(しの)?
地域による構法の違いで被害の大小が変わってくるのならば、地震の起こりやすい地域ごとに構法についての法的な規制をかけたりということはしないのですか(いな)?
A3:必要耐力は基本的に入力の大きさと材料強度で決まりますが、地域や建物用途の違いは補正係数という考え方で考慮しています


Q4:外因死に対しては耐震性の強化などある程度対策が進んでいると思います。しかし内因死に関してはまだまだ対策がとられていないように思います。今はどこまで内因子への対策がとられていますか(にじ)?
A4:国民に内因死を認識させたことが、まずは一番の対策効果だと思います。結果的にその後に発生した、能登半島地震や中越沖地震では、内因死は発生していません。


Q5:高床式はなぜ地震や液状化に強いのですか(こご)?
A5:地面に段差が発生したり変形したりしても、基礎が丈夫で変形しないからです。いわゆる不同沈下を防ぐことができる基礎形式です。


Q6:布基礎・屋根形状・床壁の厚さの分布から、自分なりに分析すると北より南で地震が起こる方が被害が大きいということになると思うが、実際にそうなのでしょうか(ふら)?
A6:必ずしもそうではありません。被害は建物の構造だけでは決まらないからです。地震動の大きさの違いも大きく影響するのです。これまでは、日本の南西地方にマグニチュードの大きな地震はそれほど多くは発生していませんでした。しかし、いずれは大きな地震も発生するでしょう。そのときは、構造の耐震性が一般的に劣っている地域は大きな被害となるでしょう。そうならないように、今から対策をとるべきですね。


被害についての質問・・・

Q7:自宅は中廊下型なのですが、和室に雪見障子などのガラス戸が使われています。中越地震の調査で建物内部のガラスが割れる被害はありましたか(こた)?
A7:ガラスよりも障子が多く破れました。これも戸枠の剪断変形によるものです。ガラスの被害はもちろんあるのですが、意外とガラス戸が割れたり落下する被害は、これまでは、言われているほどに多くはありません。ガラス戸の変形追随性は思ったよりも大きいようです。


Q8:地震による関連死を防ぐためには、生活環境が壊れない程度に地震に耐える必要があると結論づけられましたが、たとえ家が破壊されたとしても自治体で指定されている避難施設が十分に機能していれば防げた問題ではないでしょうか。地震で壊れないことも重要ですが、各々の家を十分に補強するより避難施設を拡充する方が対費用面で効果が高いと思います。
A8:なかなか良い指摘だと思います。しかし私は次のように考えます。避難施設ももちろん重要です。一つの対策のみで完璧な防御をするという考え方は剰余性のないもろいシステムだと思います。地震の揺れから守る家も、家がやられた際の避難施設も共に充実したリダンダンシーの高い対策(余裕のある対策=ムダのある対策)が本当の安全を生むのだと思っています。これを、多段階対策と名付けています。ムダも必要なのです。そう思いませんか?


Q9:都心部においてはビルや住宅が密集していて、オープンスペースが少ないので、災害後、外に避難したときに路上に人があふれかえりそうなのですが、実際はそのような人々の行く避難地は十分に確保されているのでしょうか(いし)?
A9:自治体は罹災者数を予想し、罹災者全員を収容できるボリュームの避難所を用意しています。しかし、その予想が外れることもあるでしょうし、そこに行き着くまでの避難経路が閉塞してしまうこともあるかもしれません。Q8の質問同様、多段階の対策が必要なのです。


Q10:家具を作りつけなどにして、建物の構造としてとらえることも可能でしょうか(きま)?
A10:おもしろい指摘ですね。家具は、構造的には間仕切り壁のような非構造材として位置づけられます。非構造材も実際には建物の耐震性に寄与していることが分かってきています。しかし、家具を耐震計算に盛り込もうという考えにはまだ至っていません。将来的には、耐震的な家具も考案されると思います。そのような考え方が出てきてもおかしくはありませんね。


今回は感想が多かったです。代表的なものを掲載します・・・

Q11:地震被害には建築計画から人間の行動まで多くの要因が関わっていて、防災対策が難しいと感じました(つや、また)。
思いもよらない要素が被害に関わっていることを知り驚いた(こり)。
A11:新たな発見と理解が大切です。多くの分野が関わっているということは、それだけいろいろな対策が可能だということです。まずは、被害発生の原理を理解することが出発点です。


Q12:震災後、高齢者の死傷者が多いので、これから高齢化社会が進んでいくと被害がもっと増加するのではないかと思い不安に感じた(こた)。
A12:不安は認識であり、対策の第一歩です。不安を安心にどうやって変えていくか、それを一緒に考えましょう。


Q13:実家や祖母の家など耐震診断の必要性を感じました。簡易なものでよいので方法を知りたいです。
A14:簡易な耐震診断とそれから想定される被害状況を簡単に知る方法を提案しています(住家簡易被害診断ツール)。日立東日本ソリューションズの協力を得て、ホームページから簡単に試行できます。私のホームページから日立東日本ソリューションズへのリンクが張ってありますので、試してみてください。

防災お役立ちネット *トップページ*



【2008年10月22日】
■第3回 災害管理論
災害管理とは何か。技術論にはいる前に、まずはその考え方の枠組みを押さえましょう。
積雪寒冷地の建物には、自然の厳しさに立ち向かういろいろな工夫がみられます。結果的にその工夫は地震にも強い防災的建物になっています。馴染みの少ない家屋かもしれませんが、学ぶべき点は多いと思います。
pdf(安全と建築 224KB)

Q1:東海地震が発生した場合、そのときの死亡者数はどれほど大きなものになると予想されているのですか(いし)?
A1:地震を想定した被害評価は各自治体でやられており、最近はその結果がwebで公開されているので、調べてみてください。ネット検索は得意ではないですか。ただし、その値を鵜呑みにしないでいただきたい。いろいろな条件の下で計算した結果です。条件が変われば値は大きく変わってきます。これは防災対策にとり非常に困ったことなのです。敵の正体が固まらないのですから。ではどうしたらいいでしょうか。講義の後半で解説します。当研究室の研究成果の一つです。


Q2:事故はたまたま起こるので人間にとって避けることはできない。事故による死亡を少なくするため、いろいろな対策が考えられてきたと思う。それに対して、人の過失による事故を減らすことが一番大切なことで、少なくとも、死亡確率は減っていくだろう(もだ)。
A2:過失事故を防ぐことを一番に考えていくべきではないか、という意見ですね。うっかりミスは自然災害に比べ、防ぎやすいかもしれません。しかし、自然災害も、エキセントリックに考えれば、過失といえないでしょうか。防げるものを防がないのは、過失だと思います。防げるもののハードルを低く下げることが防災対策なのではないかと思っています。自然災害は過失だと言える社会を作りたいですね。


Q3:対策の時間展開の説明のところで、災害発生はなぜ6時で、事前対策と事後対応に分けられるのでしょうか(りれ)?
A3:災害発生のサイクルを時計に見立てた解説でした。災害発生を12時におく研究者もいますが、私は6時においています。災害発生を対策のスタートと考えていないからです。時計の真下にある6時を災害発生時点とし、0時~6時までを事前対策、6時~12時までを事後対応としています。事前対策と事後対応を同等の対策と位置づけているからです。


Q4:日本人は安全に対する考えが、外国に比べて高い次元を求めているように思いますが、どうなのでしょうか(こた)?
A4:食に対する安全は確かに日本人は高いと思いますが、災害に対する意識は低いと思います。


Q5:許容危険性と利便性の関係が興味深かったです。人は楽をしたがる動物なんだなと、改めて感じました(さま)。
A5:それが本姓なのでしょう。だとしたらこれを受け入れて対策を練らねばなりません。人間の本姓に逆行した取り組みはサスティナブル(持続性のある)ではありません。


Q6:安全性を求めれば幸せや利便性が小さくなるというトレードオフのグラフが印象的だった。やはり幸せや利便性はそのままで安全性を大きくすることは無理でしょうか(たり)。
A6:利便性は幸せの一つという説明をしました。さて、質問ですが、安全性は人間の権利であるにもかかわらず、よりよい生活(幸せ)とはトレードオフの関係になっているのは、理不尽だと思いませんか?私は、安全性を維持し幸せを追求するのが工学の目的であると定義しています。ですので無理ではないと思います。当研究室の成果に期待してください。


Q7:せっかく認識ができているのに、その先に行かないことが災害対策の大変さを物語っていると思いました。しかし、日本ですら認識で止まってしまう状態なら、他の地震国ではどれほどのリスクマネジメントができているのかと思いました(よた)。
A7:そのとおりですね。知識や研究レベルが高い国でも、実務の末端まではそれらの技術が浸透していかない場合が多いです。日本も耐震偽装がまかり通るのですから大きな顔はできませんが。


Q8:まだ大きな自然災害に対して経験していないので、それが生じたときに、どれほどのリスクが自分たちに来るのか分からない。ただ、建物なり土地性なりこれから学びつつ自然災害対策に生かしていきたい(いせ)。
A8:経験しないと真の恐怖は理解できません。私も震度6強以上の揺れの恐怖は実体験していません。しかし、だからといってただ経験を待っていては、官僚的物言いである「前例がないので・・・」と似たところがあると思いませんか?


Q9:地震が起こってから防災組織が立ち上がっていては、対応が遅くなると思いますが、もっと早く対応できるようになるにはどうしたらいいでしょうか(やま)?
A9:起こっていなくても起こる可能性が高いときにも災害対策本部は立ち上がります。しかし、台風はともかく、起こる可能性が高いと分かるのは、地震では東海地震のみが対象となります。では早期対応はどうしたらいいのでしょうか。これも、実は策があるのです。当研究室(の前身)の研究成果です。講義の後半でお話ししましょう。


Q10:北海道の地震で他の地域への影響についてみましたが、十勝側で起こった場合、初期被害は小さいが他の地域、特に都市部への影響が遅れて起こるということでした。もう一方の都市部(札幌側)で起こった場合との違いというのは、他の地域への影響という点において、あるのでしょうか(はさ)?
A10:違いは大きいです。都市部がやられた場合、都市部の産業・商業構造に組み込まれている地方は多く、都市部の被害の影響は他地域へ大きくしかも長く続きます。日本全体で見た場合は、東京がやられるのが一番影響が大きいでしょう。


Q11:自然現象や人の行動などをモデル化するということですが、とても複雑な要素が絡みあっていて、理解するのが難しかったです(しし)。
A11:今回は概論でしたので、モデルにはいろいろな要素が絡み合っているというところの理解で止まっていて構いません。各論に入ってから理解を深めてください。


Q12:工学で数式を使いながらやられる防災や復旧復興はできるだけやった方がいいが、人々の行動が倫理的でなく感情的に動くと思われるので実際に災害が起こったとき、今までに考えられていた予防策が使えないかもしれないことも頭に入れておかなければならないと思った(たた)。
A12:質問は納得できます。しかし実は、人間行動もある条件下では感情よりも優位に働く制御因子があるのです。それだから、行動を数式化できるのです。


Q13:災害対策には様々な見方があり、災害時から復興まで期間が長いと感じました。本当に幅広い分野なのですね(つや)。
A13:そうなのです。防災は目的から分かるように、住民から求められる学問ですが、一方で、懐の広い研究分野なのです。ですから結果や使命感に縛られることなく、対象やプロセスを楽しんでもらいたいと思っています。防災が皆さんの興味のどこかに引っかかってくるはずだと思っているのですが。


講義の中で、被害の連関モデルと時系列モデルの違いについて解説しましたが、意味がよく分からないという質問がありました(はゆ、との、こご)。講義で示したPPTを以下にアップします。
Pdf(モデルの数式表現 224KB)


補足説明します。
 時系列モデルであるARモデルをみてください。パラメータの「t」が時間を意味しています。tが1増えるごとに時間が1ステップ進んだことを意味します。Y2はシステムの出力を意味しますが、たとえばシステムとは建物であり、出力とは建物の応答変位のような現象をイメージするとわかりやすいでしょう。Y1も応答変位ですが、Y2の現象の1ステップ前の現象を意味します。たとえば、1ステップを1秒と考えると、1秒前の現象という意味です。ARモデルでは、Y2は1ステップ前のY1の現象のφ1倍で与えられます。すなわち自分の前の状態が、今の状態を決めているわけです。これを自己回帰モデルといいます。同様にY3は1ステップ前のY2のφ1倍と2ステップ前のY1のφ2倍で与えられます。一般にφi>φi-1となり、今により近い事前の状態が今の状態に強く影響します。ARモデルの入力とされるεtはノイズと呼ばれるものであり、一般に周期特性を持たないホワイトノイズ(白色雑音)を想定しています。要は、システムに外から余分な作用がない状態を想定しています。では、システムは応答しないのではないかと思われるでしょう。この場合、初期値(Y0)でシステムを動かし、後は自由振動させます。その定常状態(ただし、定常状態に移行するまでの過渡応答は無視している)をモデル化したものと解釈できます。他の時系列モデルも同様に考えることができます。各自、式を追跡してみてください。
 しかし、このような時系列モデルだと、被害連関のような、事前被害(Yt-i)が後続被害(Yt)へ及ぼす影響を記述することはできません。なぜなら、直前の被害の影響度が常にφ1で固定されてしまうからです。このような場合、マトリックス表記が威力を発揮します。式から明らかなように、ある要素被害は種々の後続被害に対してそれぞれ独立の特性係数を保持できます。



【2008年10月29日】
■第4回 災害の性格
工学とは何を目指す学問かを説明しました。また、防災の幅の広さも提示しました。では、防災の目標はどこに置けばいいと思いますか。災害をなくすことでしょうか。もっと具体的に考えてみましょう。災害をなくすことは、不可能であることに気がつくはずです。不可能を目標とするのはいただけません。具体的で実現性のある目標とは何でしょうか。災害を今よりも減らすこと、これも目標となるかもしれません。私は少し観点の違った目標像を持っています。災害とは何か、災害の本質を極めていくことでそれが見えてくるでしょう。
Pdf(災害の性格 932KB)


今回は防災の目標(mission)とその方法(value)について質問しました。Missionを理解していない回答やmissionを受けてのvalueとなっていない回答もやや見受けられました。以下は、不平等性をなくすという以外の回答を集計したものです。おもしろい回答もありました。

【防災の目標-mission-】
・人命を救うこと (5票)
・同じ過ちを繰り返さない (2票)
・被害を最小限化すること (1票)
・安全性の確保 (1票)
・防災よりも減災を (1票)
・防災の世界標準を作る (1票)

【そのための方法-value-】
・知識の普及と意識・認識の向上 (4票)
・災害の研究 (3票)
・国は防災にもっと資金投入 (2票)
・建物の耐震化 (3票)
・地域にあった対策 (2票)
・常にシミュレーションし先手の対応 (2票)
・避難形態の見直し (1票)
・都市開発行為の見直し (1票)
・怖さを普段から教育し、耐ショック人間を養成 (1票)

こちらから質問をしたためでしょうか、今回は質問が少なかった。

Q1:前回、アメリカでも地震は起こるのかという質問に対して、アメリカも地震国であるという回答をいただきました。では、なぜニューヨークやシカゴに超高層群を建設することができるのですか(にじ)?
A1:アメリカの国土は広いので、地震地域とそうでない地域に分かれます。ニューヨークやシカゴの周辺には大きな地震断層がありません。アメリカも地震国といったのは、カリフォルニア州を中心とする西海岸のことです。


Q2:北陸出身で、実家は築30年ですが、冬場に雪が積もるとかなり開けづらくなる扉があります。開けづらさも年を経るごとに増している気がするんですけど、それは耐震や構造的に問題はないのでしょうか(みひ)?
A2:雪荷重で家全体の変形が進んでいるのでしょう。実家は木質住宅でしょうか。程度問題なのですが、木はある程度の変形は許容します。ですから、木質住宅は築後のメンテナンスが必要なのです。でもこれは、手を入れながら木は生活になじむという特性であり、木質住宅の持つ良い面だと私は思っています。手間がかかるものほど、愛着がわくものです。


Q3:学校の耐震補強は鉄骨が外側にむき出しのトラスで行われているのが多く、神社などの耐震は景観がどうなっているのだろうと思っていたが、今回の講義で文化的なものにはいろいろな工夫がされていることが分かった(たた)。
A3:最近、ようやく景観の持つ価値に人々が気がつき始めました。これはいいことですね。そのような住民パワーが規制や法律に文化を持ち込ませ、人間的町並みに変化させていくのだと思います。


Q4:災害によって死亡したり被害を受けるのは構造的弱者であるということはよく分かったのですが、現在、日本ではそのような状況に当たる人はどのくらいいるのですか(いな)?
A4:どのくらいいるのかは構造的弱者の定義によります。我々がまだ気がついていない弱者も、まだまだ多くいるのではないかと思っています。そこを見逃さず指摘していくことも我々研究者の大切な仕事だと思っています。


Q5:人々が開発して新しい土地に住み始めても、そこがねらい打ちされてしまうのは皮肉だなと思った(はゆ)。
A5:難しい問題ですね。よかれと思ってしたことが、マイナスに働くことはよく経験することです。それを避けるには、多くの経験を積み、そこから次を想像できる力を身につけることです。過去のルールをそのままフォローしていては発展はありません。起こっていないことを推測する(想像する)ことこそ、人間に与えられている能力なのですから。



【2008年11月5日】
■第5回 地震の基礎
対策は因果律と時間軸と主導軸で整理されることを、第3回の講義で解説しました。今回から各論に入ります。地震のメカニズムを知ることによる対策とは、因果律でいうと「誘因制御」であり、主導軸では「行政対応」に相当します。では、時間軸でいうと何になるでしょうか。
Pdf(地震の基礎 838KB)

マグニチュードに関する質問
Q1:マグニチュードにいくつかの種類があることは分ったが、正直わかりにくい。MJMAのような日本規模のマグニチュードなら国内で十分使用できるかもしれないが、世界規模では使用できないと思う。CGS単位系のようなマグニチュードの国際基準を設ける動きはないのか(みひ)?
いろいろなものがあって統一されていないのは分かりにくいと思う(きま)。
A1:確かにいろいろなマグニチュードがあると分かり難いかもしれませんね。しかし、それぞれのマグニチュードは定義が明確なので、混乱することはありません。ではなぜ、多くの定義があるのかを考えてみましょう。一つは、地震の大きさというものが一つのフィルターでは定義できないからです。物理学的には、エネルギーという概念がありますが、断層での複雑な動きからエネルギーを定量するのはかなり難しい。また、マグニチュードが物理量であると同時に、たとえば津波発生の有無を判断する指標となっているなどの防災的な活用意義もあるため、ある計測量から即時的に決定する必要性も高いのです。そのために様々な定義が発案されました。統一されずに様々な定義が使われ続けているもう一つの理由は、各国がこれまで使ってきた歴史的意味合いもあります。いきなり定義が変わると、これまで使い続けてきた数値と違う数値を発表することになり、混乱します。マグニチュードではありませんが、日本では震度が兵庫県南部地震以降に、これまで気象庁予報官の体感で決められていたものが計測震度に大転換されました。その意義は大きいのですが、一方で、これまで使い続けてきた体感震度と微妙な違いが露呈し、被害と整合しないとの指摘もされています。このように、使い続けてきた歴史というものを軽く捨て去ることこそ、混乱の元凶なのです。
 ただし、モーメントマグニチュードは地震学的には世界標準と言えるものであり、最近の大きな地震は慣習上使い続けているマグニチュードのほかに、モーメントマグニチュードも合わせて発表されています。


断層法に関する質問
Q2:日本では、アメリカのような法律ができるようなことはないのですか(また)?
横ずれ・縦ずれ断層の違いがわかりました。対策法もわかったのですが、断層法が未制定など、そういった被害対策の条例などが日本にないのではもったいないのではないかと思いました。開発がやりにくくなるなどが理由のようですが、それを見極めることでどこの自然を残して開発するなどの新しい視点も出てくるのではと思いました(との)。
A2:新しい技術は若い人たちが推進力となって普及させていくのですが、社会制度に関しては、複雑に入り組んでおりなかなか抜本的な改正まではいきつきませんね。若い人たちが、もっと制度というものに対しても目を光らせて、社会を変える力となっていってもらえればと思っています。


緊急地震速報に関する質問
Q3:30秒で何ができるか考え込んで何もできなさそうな自分でした(かた)。
緊急地震速報を聞いているときは30秒は長く感じたけれど、実際は焦って何もできないような気がしました(にま)。
緊急地震速報はかなり便利なものだと思う。たとえ1秒でも早く知ることがよいことなのだと思う(いせ)。
地震が来てからどういう行動をするかあらかじめ決めておきたいと思った(はゆ)。
A3:1秒あれば何かができます。それをサポートするシステムを当研究室では研究中です。次回、最先端の技術をお見せします。



【2008年11月12日】
■第6回 確率論的地震動予測
これから数回かけて、入力(Hazard)の各論について解説します。数式が多くなりますが、物理的意味と背景を理解して下さい。
建物の耐震設計の基礎となる知識です。設計法についても整理します。このような設計法が誕生した歴史的背景については防災問題のところでさらに深く踏み込む予定です。
pdf(確率論的地震動予測 303KB)

余裕のある学生は河角の論文(河角マップの原著)を下にアップしておきますので、読んでみてください。
pdf(Kawasumi Map 6.01MB)

今回は構造設計法の話で時間いっぱいとなってしまいました。3年前期の「荷重・振動学」で同じ話を聞いたというコメントがいくつかありました。簡単すぎるという人と層剪断力の概念が分かって良かった・分かりやすかったという人と混在している感じです(いさ、たり、やゆ、いし)。話の重点をどこに置くかということですが、本講義は防災(構造設計もその一部に含む)の考え方に関する原理的なところを解説し、それをどのように先端技術に応用していくかという展開法をお話しするものです。今回の構造設計に関する解説は設計法の原理についてでしたので、「荷重・振動学」の前にきいておくべき内容だったかもしれません。おそらく「荷重・振動学」は技術論に重点を置いた講義だったのでしょう。テクニックに興味のある学生には本講義は物足りなかったかもしれません。しかし、その設計法が生まれてきた歴史的背景やそこから派生した現在かかえる問題点についても、これからお話ししていく予定ですので、設計法や技術論に興味のある学生でもその興味をより深めるお手伝いができると思っています。

Q1:工学では研究や実験の時はいろいろ高度な計算式や論理的な考え方が必要になるが、一般の人々に理解してもらうために高度なことを理解しやすくする言葉や図に変換する必要が出てくる。それは大変なことだと思った(たた)。
数学的なことになると難しく感じてしまう。構造は苦手だ(また)。
A1:構造も感性だと思っています。その整理学に合理性を付与させる必要があるので、数式を使っているだけです。考え方を整理したり、正確に伝えるには式やグラフは強力なツールとなります。式アレルギーの人が多いようですが、式をよく見ればそのようなアレルギーはなくなると思います。
式を楽しむコツを伝授しましょう。建築によく出てくる式は、その最終形は煩雑なものが多いのですが、細かな数値はまず横に置き、式の形をまず理解することに努めてください。その式の形(関数型)を選択した理由も押さえる必要があります。原理は意外と簡単です。式の持つ物理的な意味を押さえようという意識を持って、式を再度眺めてみてください。


Q2:F=Kwで表す震度の話がありましたが、震度という概念は日本が生み出したのですか?日本でしか使われていないということですか(みひ)?
A2:日本人の佐野利器博士による発明です。この概念は今や世界中で使われています。建物に加わる「力」という概念が、建物の重さを決めただけで「数字(静的加力という仮定ですが)」として求まるのですから、便利な考え方ですね。


Q3:単体防災の入力(発震源という意味での地震)の考え方は抽象的で、集団防災の入力の考え方は具体的という話でしたが、地震予測すらままならないのに単体の建物で起こることを考えるのは難しいことだと思いました(にま)。
A3:地震動というのは設計量として捉えにくくまた考えにくいものではあるけれども、それを誰にでも設計できるように易しく扱うにはどうしたらいいだろうか、そこから工学は出発するのです。物理学的に地震動の発生・伝達・増幅の原理を押さえ、かつそれを設計に乗せるための簡略モデル化の操作を追っていくと、少しでも合理的に考えようという姿勢が垣間見えます。それが工学であり科学なのです。


Q4:地震防災には確率論的なものと確定論的なものがあることが分かりました。確定論的なものは対策として、構造物耐震化の他に情報の伝達方法など建築学以外の対策がありますが、確率論的な方には建物耐力の考え方以外の対策のアプローチはあるのでしょうか(つや)?
A4:いい視点ですね。原理を整理することでいろいろなアプローチがあるということが理解できます。整理学の重要性が分かります。
地域の災害を受ける確率が高くなってきたら「みんなで逃げる」なんていうのもありでしょうね。他の対策法を考えてみてください。新しい対策や研究が見つかるかもしれません。


Q5:確率論的方法で評価する場合、過去の地震などを参考にすると思うのですが、最近、日本では集中して短期間に地震が起きている。このことから今までより確率を上げることはあるのか(こむ)?
A5:上げる場合と下げる場合があります。今起こっている地震群が前震であるなら、本震発生が近いことの予兆となるでしょう。これは発生確率が上がったことにつながります。一方、今起こっている地震が本震であるなら、その地域に蓄えられたエネルギーの多くが放出されたことになるので、しばらくは地震はないということになります。これは発生確率が下がったことにつながります。どのくらいのエリアにどの程度の歪みが蓄積されているか、どのくらい蓄積されたら放出が始まるのか、このような情報を事前に知っておくということが確率論的地震動予測には重要ということになります


Q6:いろいろな設計法が存在することは、目的に応じて選ぶことができるのでよいと思いました(さく)。
A6:実は、良い面がある反面、悪い面も併せ持っているのです。それについては、防災の歴史のところでお話ししましょう。


Q7:いろいろな設計法がある中で、どの設計法を選択するかというのは完全に設計者に委ねられているのですか(いな)?
A7:どの設計法を選択するかは法律である程度は決められていますが(Q8参照)、性能設計の時代になり、法律の範囲内で最終的な決定は施主と設計者との合議で決めるようになってきています。しかし施主は構造に関する知識が少ないのが普通なので、構造設計法に関しては設計者任せのところがあります。構造に関しても施主と設計者との間のコミュニケーションの大切さが言われているところです。構造は建物の安全に直結しますので、これをリスクコミュニケーションと言っています。


Q8:設計法に時刻歴応答計算法というのがありましたが、多質点モデルで計算が大変だけど実際の設計では使われているのですか(また)?
A8:建物の用途や規模によりある程度設計法が義務化されています。2007年6月20日施行の改正建築基準法で確認申請の方法が変更となりました。それによれば、小規模な建築物は構造計算の必要はなく(仕様規定に適合することが条件)、中規模建築物(木造は3階以上または延べ面積500平米以上・木造以外は2階以上または延べ面積200平米以上)は許容応力度計算は必須、大規模建築物(木造は高さ13m以上のもの・RC造は高さ20m以上のもの・S造は4階以上)のうち、高さ31m以下のものについては許容応力度計算か保有水平耐力計算または限界耐力計算が必須、高さそれ以上のものについては保有水平耐力計算か限界耐力計算が必須、超高層建物(高さ60m以上)は時刻歴応答解析が必須となっています。

今回、当研究室が開発中の、緊急地震速報を利用したビデオ映像による避難誘導システムを紹介しました。それについての肯定的コメント(こり、かた、いは)もありました。このような自由な発想でいろいろと提案できるのが大学研究室の良いところだと思っています。今回の成果には、卒論生が関わっています。卒業研究は、実際の最先端の研究に触れることができるし、その現場に立ち会い自らがその研究の一翼を担うことができるすばらしい機会を与えてくれるものです。大学にしかない授業システムです。皆さんも来年はその主役になれるのです。それなりの努力と根性が必要ですが、楽しみにしていてください。


【2008年11月19日】
■第7回 確率論的地震動予測(続)
今回も前回の資料を使います。

河角マップに関する質問が多かったですね。

Q1:最新の地震動予測地図と河角マップとが大きく違わないことに驚いた。1000年以上前の地震の記録はどの程度正確なのでしょうか(こり、はゆ)?
A1:大日本地震史料というものです。数ページを以下にアップしておきます。このような史料が研究者の手にかかると有用な情報に変貌することに感動してください。
大日本地震史料(一部 882KB)


河角マップの意味を確認する質問から。

Q2:グーテンベルグ-リヒター則を防災上役立つ式に変換できるのは分かったが、その変換過程の意味があまり理解できなかった(こた)。
A2:配付資料をもう一度丹念に見直してみてください。G-R式は震源の統計測です。防災上必要なのは、我々がいるサイトの統計則です。震源からサイトに変換するのが物理的な意味です。


Q3:その土地の特性や地震の頻度、また係数などを決め、積分による計算によって地震を特定できるのはすごいと思った(いひ)。
A3:正確には、地震を特定するのではなく、地震動の大きさをある確率でもって特定すると言うことです。


Q4:名前を持つ地震と名前のない地震を比べて特徴的なことがありますか(もだ)?
A4:確定論的地震動と確率論的地震動に対する防災手法についての質問と解釈し、回答します。たとえば、ある国が戦争をしていて敵国はAだと思って準備していたら、後ろのB国が攻めてきたとします。確定論で準備していたらB国には立ち向かえませんが、確率論で準備していたら、何とかしのげるかもしれません。名前を持つ地震に対してはきめ細かい対策が打てますが、相手が違ってしまうと臨機応変に対応することが難しい場合もあります。


Q5:地震(の発生確率)を予測できるってことは知っていたが、式があれば自分にも可能だと思うと少し驚いた(やゆ)。確率論は難しかったが、阪神大震災以後の調査と河角マップの結果が似ているということで、G-R式からの流れが正しいことが証明されていると思った。また、かなり使えると思った(との)。
A5:理屈(メカニズム)が分かれば、誰にでも理解できる話です。その理屈が成立する境界条件(どのような条件(仮定)の時に、その式が成立するのか)を押さえておくことが、理解を深める意味においても大切です。


以上のような「使えそう」という意見がある一方で、不信感を持っている学生もいたようです。


Q6:河角マップはかなり信頼できるものであるということは分かったが、中越地震のように起こらないと思われていた地域で近年地震が起こっているので、そういうことを考える必要はないのですか(みひ)。
自然災害は確率論でその発生を予知できるようなものではないと思っていました。導き出された予知が、今現在どれほどの精度を持っているのか気になりました(いし)。
A6:まず言葉の問題ですが、「予知」は発生場所と規模・発生時間を特定することができることを言いますので、河角マップは予知ではありません。発生の確率を数値化したものです。河角マップは過去のデータについてエルゴード性を仮定したモデルです。ですので、過去のデータに含まれていない地震(見逃した地震や、データ収集期間の1300年間でも再来年を越えるような希な地震は対象外となってしまいます。そのような地震があることを忘れてはいけません。


Q7:地域係数については分かりました。しかしまだ分かっていない断層があるのに地域によって違いを考慮する意味はそれほどあるのですか(つま)?
A7:Q6にも関連する質問ですね。確かに見逃している地震はたくさんあると思います。しかし、今持っているデータでどこまでのことが言えるのかという情報も、やはり情報として使っていくべきだと思います。すべて分からないのは不確定なのだから、情報として意味を持たない・見せるべきではないという考え方もあると思います。しかしこれをやりすぎると、言葉は悪いのですが、お役人の責任逃れにつながってしまう恐れがあります。「下々のものはデータの理解が不十分なのだから、誤解されるようなものは見せない」というのでは困りますね。データを持つ側はデータの持つ意味を理解できるように説明する義務があるのです。逆に、当然データの持つ限界を、説明される側は理解する努力をしなくてはなりません。そのことでデータを持つ側の責任を追求するような風潮ができあがってはいけません。要は、リスクコミュニケーションが大切だと言うことです。


違う観点からの質問です。


Q8:日本で地震の全国的な調査が行われたのは阪神大震災以後というのは、少し遅いと思った。逆に、兵庫県南部地震というのはそれほど大きな地震なのかと改めて感じた(また)。
A8:何事もことが起こらないと動かないというのは、日本の行政の特徴でしょう。このような全国的な規模の事業は大金がかかりますので、それなりの理由がないと実行計画に乗って来にくいという側面もあります。


Q9:確率論によって長い期間での再来年数や最大震度の期待値は分かるが、それだけに頼らず全体の備えが大切だと思う(はさ)。
A9:その通りですね。提示された期待値に備えるか、さらに上の極値に備えるかという問題もあります。


緊急地震速報がらみの質問もありました。


Q10:石本―飯田の式は地震発生場所の統計則から観測点での統計則を求めるものです。テレビの地震速報ではある地点での震度が報じられるが、それにより発生する被害が分からないからそんなに役に立つのかと思うときがある。速報の地域の範囲をもっと小さくしたり、人々の生活のスケールでの地震対策や情報提供が必要だと思いました(にま)。
A10:質問は、距離と時間のスケール感に関することでしょうか。自分自身だけのことを考えると、小スケールのピンポイント情報がほしいですね。しかし、町の防災・市町村の防災・国の防災を考えていくと、それぞれのスケールで必要な情報が変わってくるわけです。精度もそれに応じて適当なものを選ぶ必要が出てくるのです。防災を主導レベルの軸で考えた場合、それぞれのレベルに応じたスケールと精度があると言うことです。


Q11:緊急地震速報が流れて、あと10秒で地震が来るとなったときに、何をすべきか考えておかないと、ムダになってしまうなと思います(いさ)。
A11:焦らせるだけなら情報はいらないでしょうね。「情報」とは流すことが目的なのではなく、それを受け取った意思決定者にとり何らかの決定をするためのものを言います。役立てられないものは、「情報」ではなく「データ」のレベルです。データ・情報・知識・知恵の階層化については別のところで講義します。


数式に関する「泣き」も入りました。


Q12:今日授業で聞いたことをしっかりと確認したい。微積とかは、今、忘れているような気がしますけど・・・。
G-Rの積分が今の自分で解けるのかどうか不安だったので、自分で解いてみようと思った。
自然現象を計算式に変換するのは難しいなと思った。式がいろいろと出てややこしかった。
A12:ややこしそうですが、数学の概念は存外単純ですので、そこを理解することがポイントになります。微積の他にも、テーラー展開とか、ラプラス変換とか、固有値問題などがこれから出現してきますよ。


最後に


Q13:構造は数式ばかりでよく分かりにくいです。先生は学生時代に構造についてどういう勉強をしましたか。詳しく教えてください。
A13:理解の仕方は人それぞれです。自分にとって一番納得いく本を探すことですね。そしてその著者のファンになる。そして、自分なりに納得いくまで、なぜ、を繰り返すことです。僕としては幾何学的に仕組みをつかむこと(数学でも同じです)を意識しました。あまり厳密ではありませんが、物理的意味をマクロ的に理解する方法としてはいいのではないかと思っています。



【2008年10月3日】
■第8回 確定論的地震動予測
氏素性がはっきりしている地震といえばいいでしょうか。名前の付いている地震はどのように扱えばいいのでしょうか。地震の発生メカニズムにようやくたどり着きます。最新の地震学は何を考えているのか、その周辺の理解を深めてください。
Pdf(確定論的地震動予測)


新しい言葉や概念がたくさん出てきました。理解を確実なものにしていってください。


Q1:今まで、地震波にP波とS波があるのは知っていたが、S波の中にSV波とSH波があり、SV波とP波は変換されたりすることを知り、初めて知ったことが多かった(こた)。
A1:知ることは次への興味につながり、大切なことです。水平面に対し鉛直に振動する波は下から入射してくるP波とSV波であり、反射する位相(回転角)が変換波を生むわけです。


Q2:日本の、震源を点で考える方式は、計算が単純だということは知らなかった。もっと正確なものだと思っていた(はゆ)。
今までは震源は点でしか知らなかった。ただ、この点震源にも欠点があることは知らなかった。普段から慣れたものでも万能ではないのだと思った(また)。
断層は線で表されているのに、地震の分布が点で表されていることに前から疑問に思っていたので、今日そういうことかと分かって良かったです。でも、かなり欠点もあるということに驚きました(はさ)。
日本とアメリカで地震の分析や研究の仕方が違うということはよく分かったのですが、そのことによって、地震が実際に起こったときの政府の対応等にもやはり違いは出てくるのですか(いな)?
A2:点震源は見慣れているので理解もし易いでしょう。しかしある条件の下で使える考え方でることを理解してください。それを欠点といって切り捨てるのではなく、即応性というすばらしい利点を持っている考え方であることを理解し、積極的に利点を生かす使い方を考えていくべきでしょう。緊急地震速報はその利点を生かした使い方の好例です。日米における防災の基本的考え方はそれほど違うわけではありません。防災の話はまだ出てきていませんが、被害評価とそれに対する事前対策が基本です。日米の違いといえば、対応のスピードの違いでしょうか。今日のサブプライム問題に端を発する世界実体経済への対処法を見ていると、この違いは防災だけには限らないようですが。


Q3:応答スペクトルやフーリエスペクトルという言葉は何回か聞いたことはあるが、計算が難しくてあまり理解できなかったが、今日の授業でそれぞれが持つ意味を理解することができた(いひ)。
スペクトルの種類もいろいろとあり、覚えなければいけないと感じた(いせ)。
A3:スペクトルは基本中の基本です。社会に出ると、日常会話の中にもスペクトルの概念が使われることがしばしばあります。たとえば、会議で様々な意見が出て収拾がつかなくなったときに、「今日の意見はスペクトルが広い・・・・」なんて使っています。スペクトルの概念をつかんでいれば、この会話の意味が分かりますよね。


Q4:高専の卒研で地震動に関する研究を行いました。応答スペクトルの作り方はやったのですが、フーリエスペクトルは難しいとのことで、そのようなものがあるという程度の認識で終わってしまいました。応答スペクトルで卓越した周期成分がその地震動の持つ周期成分と見なしていたのですが、それは間違った考えですか(こつ)?
A4:そのように見なして構いませんが、周期成分の他に、応答スペクトルは応答値(応答最大値)というもう一つの大きな意味があります。物理的には分かりやすいですね。それに対し、フーリエスペクトルは正弦波の加重和で元の波形を再現したときの正弦波の振幅値をいいますが、継続時間により振幅の絶対値は影響を受けます(継続時間を長くとるとそれだけでフーリエ振幅値は大きくなります)ので、振幅値に関しては相対的な扱いをすることが多いです。
フーリエスペクトルを理解するために式を見てみましょう。

ここで、x(t)は元の地震波の時刻歴です。X(ω)がフーリエスペクトル振幅です。eiωtは周波数ωの正弦波のことですから、上式は、-∞から+∞までの周波数について正弦波をX(ω)倍して和をとったら(積分したら)、元の地震波x(t)が再現できるという式であることが分かります。



【2008年12月10日】
■第9回 地盤増幅問題
前回の確定論的地震動予測問題の続きと、日本のお家芸である地盤増幅問題の話をします。地震動入力(Hazard)はこれで完結します。
pdf(地盤増幅 664KB)


Q1:マグニチュードが大きい周期が大きい地震が来ると、一般の家は壊れず、高層ビルや耐震補強をした建物だけが壊れるということは起こり得るのですか(いひ)?
A1:「周期が大きい」とは「周期の長い=長周期」のことを言っているものと思います。長周期の地震波はマグニチュードが大きくないと発生しないことを説明しましたが、大きな地震は短周期の波も同様に発生させますので、懸念するような極端な話にはなりません。しかし、表層地盤の周期選択性により特定の構造物に被害が集中することは良くあります。


Q2:全国的にみて愛知県は断層が多い地域なのでしょうか(こり)?
A2:少ない地域ではないですね。断層の数の多少よりも、都市や交通施設との位置関係が問題です。


Q3:県と中央で地震分布が異なるのは、普通の人はどっちを信じて良いか分からなくなるしあまりよいことではないと思いました(との)。
A3:地震分布とは想定震度分布のことですね。どっちも間違っている可能性も否定できませんしね。知っておかねばならないことは、公表されたような地震動はシミュレーションの1つであって、このような揺れが襲ってくるかもしれないということです。公表されたものと全く同じ揺れの分布になると決めつけないことです。


Q4:複雑な計算をして正確なデータを出すより、単純で早いデータのほうが地震工学を知らない一般人には向いていると思うし、速報性があるほうが避難しやすいと思った(はゆ)。
A4:複雑な計算を必要とする面震源と単純な計算の点震源のどちらが役に立つかという質問ですね。まず、複雑な計算をしたからと言って値が精確かということにはなりません。まだまだ地震のメカニズムには分からないことが多いので、精確性については疑問です。ただし、面震源のほうが情報の種類は多いことは確かです。どちらが役に立つかは、両方の利害得失を知った上で議論すべきです。どちらも役に立つ考え方です。直前~直後の避難対応には速報性が重要となってくるので指摘のとおりだと思いますが、事前対策にはよりデータの多い方が色々な対策を考える上で役に立つわけです。


Q5:液状化のメカニズムは、私にとっても、割と理解しやすかったです。メカニズムが簡単で(発生場所が)予想しやすいとおっしゃっていましたが、液状化しそうな場所を避けることはできないのかなと疑問に思いました(にま)。
地盤沈下や速報流動が発生してしまった場所は、どのように修復するのですか(つや)?
A5:液状化対策や地盤改良の方法については、2005年のQ&Aに掲載しているので、そちらを参考にしてください。なぜ、そのような改良が進まないのかというと、やはり、お金がかかるということでしょうか。



【2008年12月17日】
■第10回 地盤増幅問題(続)
最近騒がれている長周期問題と地盤との関係についてお話ししたせいか、名古屋の高層ビルは大丈夫なのかという心配をもった学生が多くいたようです。

Q1:名古屋市内の地盤は昔、海のため柔らかいため現在の名駅周辺に立ち並ぶ高層ビルの耐震は大丈夫なのですか?
他にも(いさ、いな、こた、にま、はさ、また、やま)さんたちから同様の質問が来ました。
A1:Q1の質問には一カ所不適切な表現があります。まずは、地盤の影響をざくっと復習しておきましょう。基盤に対して地盤が軟らかい(振動インピーダンス比が小さい)と表層での地盤増幅は大きくなり、表層地盤の厚さが厚いと長周期の地震波を増幅します。柔らかさと振幅、深さと周期の関係を理解しておくように。
 地盤が構造物に悪い影響を与えるときは、地盤改良の他に、構造物側で対策をとる必要があります。①耐震対策、②免震対策、③制振対策です。耐震は材料強度を大きくする方法です。免震は基礎部分で変形を大きく吸収し、構造物への入力を小さくする方法です。制振はブレース等に油圧による減衰機構を取り入れたり、アクティブ・マス・ダンパーのように構造物の揺れとは逆方向に起振させ揺れを押さえる方法です。名駅周辺の高層ビル群にはそのような対策がとられていますので、一応大丈夫と言っておきましょう。


Q2:東京・大阪などの大都市ほど堆積層が深く、揺れやすいというのは意外でした。
A2:この質問にもあいまいな表現がみられます。深いので揺れやすいということではありません。「深く、かつ、揺れやすい」というのでしたら、間違いではありませんが、その場合は、「深く、かつ、やわらかい」という並列表現になるのが普通です。細かいことのようですが、原理をシッカリと理解しておきましょう。
なぜ、人は、このように危ない場所に集まってくるのか、このことも考えてみましょう。都市が形成しやすい土地条件というのはどのようなところなのか、その辺にヒントがありそうです。


Q3:マンガのように説明してくれてとてもわかりやすかったです。イラストなどたくさんあると理解しやすいです。こんどのパワーポイントもそういうのを楽しみにしています(また)。
A3:どうも。マンガですか。こちらのくろうも理解してくれてありがとう。



【2009年1月14日】
■第11回 都市防災の基礎
講義が最後となります。今回は、今までの総復習(Hazardの評価と単体防災)に加えて、集団防災(都市防災)のお話しをします。
都市防災も内容が深くかつ広いため、1回の講義ではとてもカバーできませんが、概論をお話しし、今日の日本が抱える社会的問題が単体防災や都市防災の端緒的問題に一致していることを解説します。これからの建築や都市のありようについて考えるヒントにしてください。本講義を終了し、地震防災の全体像が見えてくれば合格です。当研究室の研究活動範囲も理解してもらえるでしょう。

講義資料を準備する時間がとれませんでした。東北大学の大学院生を対象に集中講義を行っていますので、そのPPT資料をアップしておきます(かなりデカいファイルです)。本講義では触れない内容も含まれていますし、大学院生を対象にしているのでマンガチックではありませんので、少し難しく感じるかもしれませんが、そこは、講義で補足していきます。
pdf(都市防災の基礎 12.2MB)

都市防災(面的防災)の話を大急ぎでしてしまったため、わかりにくかったかもしれません。数回分の内容が盛り込まれていました。しかし、都市の防災原理はそれほど難しくはありません。ハード面に関しては都市火災につきるので、出火・延焼・消防水利が対策課題であり、そのための都市計画手法として、区画整理事業・都市施設整備・再開発事業があるのです。

まず、制度に関する質問です。
Q1:せっかく制度を作ったのに、規制緩和をするのはなぜだろうと思った。それで被害が大きくなってしまったら意味がなくなってしまうと思った(きま)。
A1:規制緩和することにもメリットがあるのです。しかし、それで失うものがより大きければ、確かに意味がないですね。


Q2:災害が起こるたびに法律の改正をしていくと、厳しくなっていく。安全なものをつくることには賛成だけれども、法律で何でもかためていくのはどうかと思いました(まひ)。
A2:制度(仕様規定)が厳しくなると、社会が画一化していきます。そのことに反対という意見でしょうか。確かにそういう面があります。制度は最低限の所を押さえておけばいいのですが、制度を最低必要条件と理解せず、十分であると誤解する国民が多いのが問題です。どうしたらいいと思いますか。


関連して次のような質問がありました。合わせて、考えてみてください。
Q3:度重なる地震による被害から、規準を少しずつ改良し対策を立てているのは良いことだと思ったが、その隙間をぬって、耐震偽装をする人が現れるなど、未だ耐震についての重要性の認知度は低いのではないかと感じた。
A3:耐震偽装は、建築コストを下げるよう社会的要請が働いた結果生じた事件でした。コストを下げること自体は経済効果や国民に便利な住生活宅を提供できたりするなど、ある種の幸せを広めることにつながるので良いことではあるのですが、それによって失うものは何かを同時に考えるべきですね。そのための情報提供が国民に広く十分になされる社会システムかどうかが、国のレベル(民意の質)を決めるのだと思います。


対策のあり方についての質問です。
Q4:コミュニティ規模の防災は実際に大きな地震が来てそこから学び進歩してきたんだなと実感しました。建物単体だけでなく、地域の防災も重要なんだと感じました(いさ)。
防災の対象を集団に向けると考え方も広い範囲で考えなければいけないので大変だと思った。耐震は、いろいろ社会と結びつけて考えなければいけないと講義を通じてすごく感じた(はゆ)。
A4:防災が総合の学と言われる所以です。


Q5:過去のデータを読み解くことで地震の対策が進化してきたことがよく分かった(いし)。
A5:そのとおりなのですが、それでいいと思いますか?過去の現象のみに縛られていると、未来を失います。


Q6:都市防災の歴史は様々な災害を経験し発展してきたことがわかった。しかし、先に対策をし防ぐことが大切なことであり、経験する前に対策することが大切だ(こた)。
江戸時代から防災対策が行われていたことに驚いた。しかし、防災対策が行われるのはいつも大きな災害が起こってからであると思う。火災や地震に対してすごく効果的な街づくりができていると思うが、未知の災害に対しては、どのような対策が考えられているのかが気になった(たり)。
A6:災害に対する想像力と防災を国民に受け入れられる形にする創造力が大切なのだと思っています。私の研究哲学です。


道路に対する質問も多かったです。代表的なもの。
Q7:最近、名古屋と北陸をつなぐ高速道路ができました。前より短時間で行き来ができるけれど、それだけの需要があるのかなと感じました(にま)。
A7:道路は今、ムダな公共工事の代表のような扱いを受けています。しかし、道路は災害時の生命線です。そして日常においても地域活力の生命線です。インフラ整備は将来の国民への我々の世代からの贈り物という考え方もあるのではないでしょうか。


最後に、
Q8:日本の都市防災は他の国よりも進んでいるのですか(みひ)?
A8:進んでいるとは思いますが、十分ではありません。以下のような不等式で理解できるのではないでしょうか。

 P:対策の進み具合
 H:災害の襲来の程度
対策では・・・P(日本)>P(他国)
災害の襲来の程度では・・・H(日本)≫H(他国)
よって、対策の充実度(P/H)は・・・P/H(日本)≪P/H(他国)



⇦講義用ホームページへ戻る                                           ⇧ページ上部へ戻る