2009年度版 耐震設計学テキストダウンロードサイト

PDFによる講義資料配付は終了しました。

講義資料をこのサイトから配布します。各自ダウンロードし、講義に持参のこと。
その他、休講案内などもこのサイトを使いますので、逐次チェックのこと。


【2009年10月7日】
■第0回 概要
本カリキュラムで扱う領域について説明しました。科学とは何か、工学とは何か。学生であるなら、一度は自問自答してみて下さい。科学たり得る条件とは何か。仮説体系に実験観測事実を以て反証を受け入れる厳格な懐を持っているかどうかです。これが押さえられれば、「とんでも科学」に引き入れられる危険は回避できるでしょう。
Pdf(780KB)


【2009年10月14日】
■第1回 災害管理概論
地震災害を防ぐには色々な手段があります。その各論に入る前に、その全体像を災害管理概論としてお話しします。私の防災哲学のエッセンスを一気にお話しする予定です。私の研究の方向性も見えてくると思います。次週以降の各論を聴講する際に、本日お話しする概論図式を思い浮かべ、どの部分を話しているのかを常に意識して下さい。
Pdf(1.7MB)

学生個々人からの質問は、今年度も質問票により受け付けます。回答は翌週に返しますが、代表的な質問及びその回答はWebで公開します。他の人がどのような質問をしているのか、参考にして下さい。

リスクを定義しました。関連した質問がいくつかありましたが、その中から・・・

Q1:リスクゼロの社会はどれだけ科学が発達したところで、不可能なものだろうか(みし)?
A1:科学への期待は大きいものですが、リスクに関しては期待できません。それは、リスクの本質は科学による制御にあるのではなく、人間にあるからです。科学が発達すればするほど、人間及び社会はそれに依存することになります。そのような状況下で、それが破壊(あるいは機能停止)したときのリスクは、今以上のものになるでしょう。逆に科学が衰退した社会を考えてみましょう。その場合、科学の力で押さえられていた自然の驚異は今以上のものとなるでしょう。ゼロリスク社会は不可能なのです。人間の存在がリスクを生んでいるのです。


Q2:リスク等の各々の単語の本来の定義が理解できました。一つ気になったのは、広域性は複合性の定義の一つに含まれないのかという点です。複合性とは間接被害であるとのことですが、広域性というのは内容の説明を聞く限りでは間接被害であり、あくまで副次的な現象として広域であったというだけではないのかと思いました(おた)。
A2:地震被害の特徴の一つがインパクト(影響程度の大きさ)にあるという説明で、インパクトを特徴づけるキーワードとして、「多様性」「複合性」「時間変動性」「広域性」を挙げたのですが、複合性に広域性も含まれるのではないかという質問ですね。いい質問です。地震被害の特徴を一言で言ってしまうと、「地震災害は連鎖する」ということです。連鎖の規模が時間的に大きくなると、その結果として「時間変動性」につながり、空間的に大きくなると「広域性」につながります。厳密な定義でいえば、指摘のとおり、広域性は複合性に含まれます。広域性のみならず、「複合性」「時間変動性」「広域性」は間接被害で一括りにされる特徴です。では、なぜ私はあえて4つのキーワードを挙げたのでしょうか。地震がねらい打ちする対象が「個別」ではなく「多様性」にあるため、そのことが、影響が個別の事象で連鎖が留まるのではなく、時空間で広がること(時間的には時間変動性が特徴として浮かび上がり、空間的には広域性が特徴として浮かび上がること)を強調したかったからです。間接被害でも比較的狭い範囲に留まるものもあります。たとえば、竜巻による災害はエリアで広がるのではなく、通過経路上を線で断ち切ります。交通網などが断ち切られ間接被害を引き起こしますが、竜巻の規模にもよりますがその影響はエリア全体に広がることは少なく、代替交通網が生きていれば、局所的被害に留まります。地震被害は被害のターゲットが「多様性」故に、連鎖の「複合性」が結果として「時間変動性」と「広域性」にまで発展するのです。それをもって、4つのキーワードとしました。集合論的には4つの特徴は排他的に定義されるわけではなくクリスプ集合ではありません。それ故に抱いた質問かと思います。


我々が求めるべき幸せについての質問も多かったです。特に安全と対立する概念について・・・

Q3:大学の設計課題では、安全性以前に構造的に成り立たないものでも、コンセプトをうまく表しているならばよしとしているような気がする。自分は、将来建築を設計する際には、安全性を第一に考えたものを設計したい(あた)。
A3:大変によい設計志向だと思いますし、実設計ではそうでなくてはならないと思います。ただ、大学の設計課題には、建物の善し悪しを総合的に判断するのではなく、思考訓練として何かのコンセプトに特化した課題設定があります。しかし指摘にあるように、安全だけは常に課題の必要条件に入れておいてもらいたいものだとは思いますが。


関連して、次の質問。

Q4:個人的な意見として、安全があっての便利だと考えます。なので、許容危険度という概念がどう決定されるのかも疑問に感じました(みま)。
A4:疑問は理解できますが、実社会は安全があっての利便性とは必ずしもなっていません。先にゼロリスク社会はあり得ないという話をしましたが、「完全なる安全」は世の中に存在しません。考えてみれば分かると思いますが、あるところで、皆、妥協しているのです。その妥協が合理的判断に基づき合意形成がなされ、それをクリアすることで一応の安全が確保されたとしているのです。その合意形成の判断基準の一つに許容危険度という考え方が生まれてくるのです。耐震設計も同様です。200cm/sec2の加速度まで耐える構造物なら耐震的と言おうと妥協し(ちょっと言い方がきついかもしれませんが)、構造設計しているのです。


Q5:幸せを追随する安全性はとても期待できる話でしたが、何か良い例はありますか(たと、とさ、いか、きあ)?
A5:未来の安全工学を探るものであり、私の講義全体を通してのテーマです。講義が全て終わった段階で、具体的姿が見えてくると思います。一緒に考えてみて下さい。



【2009年10月21日】
■第2回 防災政策論
対策を公的に進めるにはどうしたらよいのか。政策意思決定の問題です。今の社会は2000年代に入り、良かれ悪しかれ「市場原理主義」が世の中の体制づくりに大きく影響しています。その中にあって、防災対策はどうあったらよいのでしょうか。世の中の政治の動き・経済の動きを振り返り、考えてみましょう。
Pdf(493KB)

地震防災対策の重要なものの内の一つが、住宅の耐震化である。しかしこれがなかなか進まない。なぜだろうか。住宅の持ち主(すなわち一般の地域住民)のやる気がないからであり、そのための意識高揚をまず考えよう・・・という前提で今の耐震化対策は提案されているように思われる。少し、紋切り型の分析ではあるが、そのように思われる。本当にそうなのであろうか、他に理由はないのであろうか。これが、今回の講義のテーマでした。耐震化対策が進まないのは、住民の防災意識が低いせいだけではなく、政策が進まない社会的背景(市場メカニズム)があるのではないだろうか。我々が住むこの社会の制度の中に、耐震化対策を拒む要素があるとしたら、それを打ち破る対策が必要である。そこを見破っていきましょうという話をしましたが十分に理解できたでしょうか。これが、原理です。『物事の本質を原理的な面から理解する』ことの重要性は、対策を根本的なところから考え直すきっかけを与えます。これまで皆さん学生達は、テスト問題の解法パターンを見つけ、それを理解することで勉強をしてきたと思ってきたのではないかと思います。特に数学はそうではなかったかと思います。与えられた問題を解くことに終始する大学入試の対策としてはそれで構わないのでしょうが、大学での勉強方法としては不十分です。テスト問題をつくる側の立場になって考えてみて下さい。皆さんは問題を発見することから始めなくてはならないのです。社会人となっても同じです。そのためには物事の背景を含め、本質を原理的な面から理解する努力を、常に意識して下さい。


Q1:政治、経済が防災に関わっていることが分かりました。愛知県では特にどのような地域性を持った防災が必要なのかと思いました(いよ)。
A1:今日の話は国全体の社会的背景が防災活動にどのように影響しているかということでした。災害の地域性については、もちろん地方分権が進めば自治体の政治方針が災害を特徴づけることもあるでしょうが、現在の日本はまだそこまで地方分権は進んではいません。自治体の意識の強さという点では、東海・東南海地震が警戒されていますので、他地域よりも愛知県は取り組み姿勢は強いと思います(十分ではありませんが)。災害の地域性は、そのような地域の政治経済状況よりも、自然条件による地域差が大きいのです。その話は確定論的地震動予測・地盤増幅のところで、出てきます。


Q2:そもそも市場メカニズムってなんですか(あた)?
A2:経済のキホンのキです。需要と供給のバランスでモノやサービスの価値が決まるということです。防災をサービスと捉えた場合、市場メカニズムに任せて経済効率性の高い防災サービスが受けられるでしょうか、市場性の高さ故の技術革新・新規業者の参加による質の高い防災サービスが期待できるでしょうか。低頻度高被害リスクの典型である地震災害はその不確実性故に、また防災の技術革新が進めば進むほどにその不確実性を高める自家中毒的要素を抱え込んでおり、Cost/Benefitの極めて高い(=魅力の低い)サービスです。このようなサービスは一般に市場メカニズムにより排除されます。住民の意識向上のみ叫んでも対策が社会全体で活性化していかない根本的な理由は、防災というサービスが市場メカニズムに載らないことにある、と言えるのではないかと、私は思っています。


Q3:日本の住宅の平均寿命が他国に比べて圧倒的に短いと思いました。日本は確かに自然災害が多い国だと思いますが、なぜそこまで短いのでしょうか(かや)?
A3:住宅の材料の違いもその要因の一つです。欧州が石の文化であるのに対して、日本は木の文化です。しかし、米国も一般住宅は木が多いのに、寿命は日本よりも長いのはなぜでしょう。それは日本人の価値観にあると思います。住宅は建てたときの価値が一番高いという文化が、住宅の古さに価値を認めない。また、建て替えが地域の経済効果を高めることも背景にあるのでしょう。「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉を聞いたことがあると思います。家を建て替えることは、昔から地域を活性化させることにつながっていたのです。土建業が古くから日本の経済活動を支えていたのですね。その文化と価値観を、防災の観点からどう変えていきましょうか。持続可能性(sustainability)は環境学だけのキーワードではありません。


Q4:日本は木造が多いですが、どのように補修・改修していくのが良いでしょうか(かや)?
A4:次回にその例を紹介しましょう。お寺を面格子で補強した例です。美しさ(寺本来の雰囲気)を保存したままで、安全を高める補強方法です。


Q5:生活再建支援法は、高所得者も低所得者も同じ条件・待遇で適用されるのですか(おこ)?
A5:所得制限があります。年収500万円以下の世帯には満額給付されますが、それ以上の年収の場合は、年齢制限(高齢者であること?)や要介護世帯である必要があります。



【2009年10月28日】
■第3回 災害の性格
災害の特徴を捕まえることが、対策につながります。第2回でお話ししたこと、これも災害の特徴の一つです。
Pdf(1.7Mb)

前回の防災が市場メカニズムに載らないというお話しと今回の災害の不平等性は、災害の特徴という意味においてお互いに関連しているのですが、それらを克服する手法は同一のものではありません。混乱させてしまったでしょうか。次のような質問がありました。

Q1:Riskを平等にするということが重要だというお話しがありましたが、具体的にはどのような方策があるとお考えですか?世間の価値観を変えていくことで弱者に対しての災害対策を充実させるということなのでしょうか(うだ)?
A1:価値観を変える(すなわち、価値観のパラダイムシフト)は平等化の方策というよりも、防災を市場原理にのせるための手段として有効だろうと思います。市場原理に載れば、防災の技術革命は進むであろうし、安価な防災技術も般化し、防災が一般的に広がることが期待できます。しかし、それにより不平等化が解消されるわけではありません。平等化はまた別の手段を考えなければなりません。うだ君の質問は、私の講義の理解のされ方を知る上で、私にとり大変によい質問でした。

さて、その平等化対策は、どう考えていったらよいのでしょうか。以下に皆さんの意見を載せます。

Q2:それぞれの地域環境によって建物の主構造が変わってくるので、歴史的な流れからみると「環境」というのが災害の不平等性につながるのではないかと思いました。また現代的な視点で見ると、都市部でのインフラ構造や高層ビル群など、都心と地方での差も災害の不平等性に関わってくるのかと思いました(たじ)。
A2:環境というキーワードを挙げてくれました。私が言うところの「風土の東西問題」に似たところがありますが、たじ君は歴史性にも触れていますのでもう少し概念を広げた、地域の建物構造を決める歴史環境という意味でしょうか。原因の一つはそこにあると思いますが、では、対策にどう繋げていったらいいでしょうか。


Q3:災害というのは建物次第で被害が拡大すると思うので、貧しい国は日本と違って死者数や全壊数が増加すると思う。この問題は金銭的面が絡んでくるので非常に難しい問題だと感じた(とさ)。
A3:そのとおりに難しい問題なのですが、そこで思考停止してはもったいない。災害観や人間観・建築観といった考え方や理念が対処法の根本にあるのです。その認識の持ち方・視野をまず広げてみて下さい。以下の学生の質問に答えながら、途を探っていきましょう。


Q4:平均寿命の高い国では自然災害での死が少ない。そのことから、医療技術をはじめとする科学技術の発達によって人々の死は避けられ得ると思った(みし)。
A4:情報をうまく使える国は平均寿命が長いというデータを講義で示しましたが、そのことに納得ですね。方向性はそれでよいと思うのです。しかし、平均寿命トップの日本ですら、災害に対しての地域内不平等性を解消できていない事実があります。この根本原因をもう少し突き詰めてみて下さい。


Q5:弱者であればあるほど災害から受ける影響の度合いが大きくなってしまうとは、あまりに的を射た話で悲しい現実ですね(かひ)。
A5:何とかしたいと思う学生の声が聞こえてきそうです。

具体的な対策を挙げてくれた学生もいました。

Q6:災害の不平等性は世界規模でみると風土の違いが一番大きいと思います。この点でリスクを平等化するのは難しいと思いますが、一つの国でみたとき、経済格差においては平等化することができると思います。行政による公的支援などで、リスクを平等化できればと思いました(みま)。
A6:行政の公的支援は理論的には可能な方策であり、有効な方法だと思いますが、未だに進まない現実があります。まだ、国民的世論にまでは成熟していないのです。なぜでしょう?


Q7:技術が下層階級にまで浸透していかない国がありましたが、だいたいが発展途上国だったように思います。発展途上国は新技術に重きを置いているため、古い建物や下層階級に技術が浸透していかないのではと思うのですが(つし)。
Q8:日本などの先進国が建築技術を途上国にもっと伝えていけばよいと思った(かと)。
A7・8:両君とも先進国の技術移転が、平等化解消の方法と提案してくれました。一つの方法だと思います。・・・が、ここで一つ考えてもらいたいのです。日本は先進国でしょうか。確かに防災技術は世界一進んでいると思いますが、みま君の質問に回答(A6)したとおり、対策自体は貴い犠牲者をみなければ広がっていきません。人が死なないと次の対策が打てない、行き当たりばったりの対処療法なのです。技術があるのに、その技術の使い方が間違っていると思うのです。すなわち、防災の理念が洗練されていません。この点、日本も開発途上国と同レベルだと思うのです。災害の不平等性が国民世論として認識されていないのです。自然災害をわが国では「天災」と呼びます。天が授けた災いという意味で、acceptable risk(許容危険度)との認識です。本当は人災なのかもしれないのに。開発途上国が世界的にみて不平等性を甘受しているというのも、国民性もあるかもしれませんが、災害・防災に対する教育が不十分なため、リスク認識が進んでいないことによるのだと思います。教育こそ国策で考えるべきことの一つだと思います。「小さな政府」にしても、国策として取り組まねばならないことは「国防」「司法」「警察」「消防」の4つといわれていますが、5つめに「教育」を、そして、国防の中に防災を含めて考えていくべきだと思っています。そうすることにより、正しいリスク認識が国民の世論として成熟し、公的支援も「先読みの対策」として社会に広く受け入れられ、不平等性の解消につながっていくのだと思います。そう思っているので、本講義も、防災の理念教育に3回も充てたわけです。その理念を常に頭に置き、受け入れられる防災技術を、研究的には進めているわけです。

演説が長くなりましたが、以上がQ1~Q8の自問自答も含めての私なりの解答です。
さて、受け入れられる防災技術とは何か。前回、安全が追随する幸せの話をしました。幸せを追求すれば、その結果として安全が付随してくる、そのような技術が理想だといいました。そのヒントをお話ししましょう。寒冷地の住宅についての質問がありました。実はそこにヒントがあるのです。


Q9:雪国・北国における建築のあり方や工夫が理解できました。少なからず、内と外をつなぐ間の作用が建築にある。故に、環境を廃しては考えられないと思いました(おた)。
Q10:北海道の建築の寒さをしのぐ間取りの工夫として、内と外の間の中間領域がありますが、それぞれの領域で何度くらい違いがあるのでしょうか(はひ)?
A9・10:最近の北海道の建物は、外断熱工法が採用されていますので、建物内で温度差のあるところ(ヒートショック)はありません。唯一寒いのは、冷蔵庫の中ぐらいでしょうか(笑)。建物全体をこたつ布団で覆って、気温を一定に保つ方式です。暖房は個別にとらず集中暖房で、冬期間は昼夜、居住者の有無にかかわらず、連続で弱暖房を続けます。結局そのほうが、燃料効率が良く経済的で、また居住者にとっても快適なのです。北国の対策はこのように、どちらかというと環境に技術で立ち向かう西洋型思想を立脚点にしています。構造でも同様で、基本的に強固な構造で耐震的です。それに対し温暖な地域は、環境との共生を主とした日本型思想でしょうか。地震力には変形で力を逃がし、耐気候対策としては風を家の中に通して熱を逃がす方式を採用しています。どちらが良いというものではなく、風土を生かした住まいのスタイルです。ただし、北海道の住宅は耐震対策を特に重点化してはいません。寒さ対策をしているだけなのです。寒さによる土の凍上を避けるために高床式の布基礎を採用、寒さ対策の2×4工法の採用、等々が、結果的に耐震性を高めることにつながっています。すなわち、寒さを嫌い快適性を求めた結果が、地震安全性も高めていたのです。皆、寒いのはいやですので、寒さ対策をしただけなのですが、地震安全対策も知らぬ間にしていたということです。快適性の追求の結果、安全性も付随してきた、理想ではありませんか。



【2009年11月4日】
■第4回 地震の基礎
地震の発生メカニズムをお話しします。どちらからかというと理学的なお話しです。これは一般教養としてお話しするわけではありません。この中にも防災のヒントがふんだんにあるのです。第1回目の災害管理概論でお話しした防災を考える3軸を思い出しながら、聞いて下さい。
Pdf(830kb)

今回は地震予知の3要素の話をしました。おおざっぱですが、場所と規模と時間は見当が付くというものです。ただし、マスコミが考えているような天気予報的予知(○月○日、△△地域に、マグニチュード××の地震が発生します)は、現状では不可能です。あくまでも、概算が可能であるという程度に留まります。これは、一種のフェルミ推定です。

Q1:場所と規模ははかれるような気もしますが、時間というものは予知不可能だと思っていましたが、具体的な公式があり驚きました(いか)。
A1:正確な意味での予知は不可能です。しかし、予知に向けての努力・研究の成果は対策に役立つ情報になっているのです。特に都市計画的対策は有効活用が可能だと思っていますし、活用すべきだと思っています。具体的は都市計画への活用はもう少し先の講義でお話しする予定です。
同様のコメントを、とて君とみし君とみま君も寄せてくれました。


関連して、
Q2:東海地震などのプレート間地震は、過去に発生した年からいつ頃発生するか予測しているのをテレビ番組でよく見ます。しかし、次の東海地震はその周期を大きく超えています。なぜこんなにも起こるのが遅いのか?そして、遅れれば遅れるほどその年数に比例して被害も大きくなるのでしょうか(かや)?
A2:地殻が動くスピードは数万年という時間間隔です。その地学年代と我々の生活時間尺度があまりにも違うためでしょう。地学年代で数100年程度の誤差は、ないに等しいのです。我々人間の一生は地学年代では誤差の出来事なのです。
地震発生が遅れるほど、地殻内に溜まる歪みは大きくなるわけですから、一般的には次に発生する地震の被害は大きくなると考えるべきでしょう。しかし、溜まった歪みが次の地震でいっぺんに全て放出されるとは限らないので、被害が地震発生の遅れる年数に比例して大きくなるとは断言できません。

断層に関わる質問がいくつかありました。

Q3:日本の断層はどこにあるか分かっているのでしょうか? また、いくつくらいあるのでしょうか(いよ)?
A3:地表面に出ている断層は分かっています。動きが確認されているものだけでも約2,000あるといわれています。これらは活断層と呼ばれており、活断層マップとして公表されています。しかし断層はそれだけではありません。見つかっていないものも多くあるはずです。地下に埋もれているものは伏在断層といって、場所も大きさも分かっていません。2004年の中越地震が伏在断層によるものでした。柏崎の原子力発電施設の設計は、伏在断層を考えていなかったので、耐震設計が再検討されています。


Q4:太平洋プレートが年10cmでユーラシアプレートに向かってきていて圧縮が働いて地震が頻発するイメージがわくのですが、太平洋プレートのアメリカ側では引っ張りで地震が起きていると思うのですが、規模や頻度に大きな差はないのですか(こつ)?
A4:太平洋プレートが1枚の岩盤で日本側に迫ってきているのだから、反対のアメリカ側では引っ張りではないのかという質問ですが、プレートは湧き上がってくる場所(リフトゾーンという)と沈み込む場所(ザブダクションゾーン)があるという話をしました。太平洋プレートのリフトゾーンはハワイ諸島あたりです。そこで湧き上がったプレートは、日本側とアメリカ側に分かれて進んでいきます。従って、日本側もアメリカ側も圧縮力が働きます。


Q5:立地について断層法などがあるそうですが道路(特に高速道路)や線路などの断層をまたぐ必要があるものについては、何か特別な防災措置はされているのでしょうか(たじ)?
A5:これまで、断層の位置がそれほど意識されていなかったので問題ですね。橋や道路橋などは断層の位置ではなくて、地盤状態により設計用の地震動入力の強さを変えて設計していますが、基本的に全国一律基準で設計されています。むしろ、断層があるところは山が擦れて平地になっているので、そこに高速道路を走らせる場合が多いのです。


Q6:日本は地震大国でありながら地震に対する対策(法律など)が遅れていると思った。なぜ、日本は外国と比べて遅れているのか疑問に思った(かと)。
A6:断層法が日本にないということでの質問だと思います。しかし、研究面では日本は世界的に断然トップを走っているのです。問題は、防災マネジメントの4段階目の「実践」が日本は遅いのです。日本の法的手続きの煩雑さもあるとは思いますが、政治家の災害意識が低いためでしょうね。ということは、日本国民の意識が低いということです。このあたりの話は、前回の防災対策の理念につながるところですが、防災が市場メカニズムに載っていないことで、大きな流れとして市場性の低さが関心の薄さにつながり、防災実践につながっていかないのだと思います。


Q7:100年前に起きた断層の紹介のところで、前回山すべりが起きたところがまた山すべりが起きやすいイメージとおっしゃったんですが、山すべりが起きたところは歪みがなくなったと考えて、起きていないところは歪みが蓄積していて次に山すべりが起きやすいと考えるのは良くないのでしょうか(こゆ)?
A7:福井地震の傷跡が今も残っている写真の話ですね。地震の時に崖崩れを起こした場所が、今では木々も元通りに生えて山を覆っている写真でした。しかし植生が変わっているので、以前崖崩れを起こした場所ははっきりと分かります。そこがまた崖崩れを起こしやすいといったコメントに対する意見です。なかなか良い着眼点だと思います。しかしもう少し考えてみて下さい。植生が回復したということは、そこにまた土が堆積したということです。崖の傾斜事態は変わっていないので、また地滑りが起こる可能性が高いという意味でのコメントでした。長野県西部地震のように山体崩壊を起こし、山自体が崩れてしまうと傾斜は存在しなくなるので、そのようなときは、同じ場所で崖崩れは発生しないですね。


住宅の平面計画の話もしました。それに興味を持った学生もいたようです。
Q8:北海道の北陸地方も気候に関しては大きな差違はないように思いますが、北陸地方のみ中廊下型の家が多い背景はなんでしょうか(つひ)?
A8:明治~大正期において建築家は中廊下型を機能的かつ個室の独立性の両面から優れた平面計画として多く採用した背景があるようです。廊下を動線の基軸に考え、そこに各室を配することによる独立性でしょうか。しかしその後、食寝分離型の優位性が叫ばれ、中廊下型は衰退していった経緯があります。その歴史性に執着する風土が北陸にはあるのでしょう。北海道は新しもの好きの人が多いのかもしれません。パイオニア精神が歴史性よりも新規性や合理性に軍配を上げる風土ともいいましょうか。


最後に、メルヘンチックで楽しいコメントを寄せてくれた学生がいました。
Q9:地震のメカニズムが分かっていても、「地球は生きている」という言葉が意味するように、いつ起こるか分からないというのは、ある意味神秘的だと思った。また、メカニズムが解明される前は、地震はどんな現象だとして認識されていたのか気になった(くま)。
A9:プレートテクトニクスのメカニズムの話で、地球のコアがまだ熱く、マントルを熱対流させていることを、地球は死んだ星ではなく、「地球は生きている」と表現したことに対するコメントですね。確かに神秘的なのかもしれませんが、それはかや君の質問に対する答え(A2)にあるとおり、地球年代と我々の時間尺度の違いが、地震発生を不確定なものと認識させる一因なのだと思います。しかしメカニズムは単純なので、「地球は論理的に生きている」というのが正解なのかとも思いますが、ここは、神秘的という文学的表現の方が地球の大きさと自然の畏怖を感じさせて納得できますね。
昔の人の地震観は、今回の配付資料の2ページ目に記載してありますので、目を通してみて下さい。



【2009年11月11日】
■第5回 確率的地震動予測
耐震設計に重要な荷重の考え方を数回要して説明します。3年前期の「荷重・振動学」の復習になると思います。より原理的な話になりますので、荷重・振動学で十分に理解した学生にも、楽しんでもらえるのではないかと思っています
Pdf(317kb)

今回は、確率論と観測データに関する質問が多かったです。
Q1:地震の設計などには過去のデータがとても大切だと思いました。データがないとやはり設計は難しいのでしょうか(いよ)?
A1:地震の設計?恐らく、建物の耐震設計のことでしょう。データの蓄積の結果が、今我々が使っている設計の規準となっているのです。データがない時代は、大工による経験が唯一の頼りだったのでしょう。


Q2:設計の計算において意外と経験的に算出された数値が使われることが多くて、地震では厳密な数値を求めるのは難しいのではないかと思った(かと)。
Q3:過去何年くらいのデータを集めれば信用のある予想が立つのでしょうか(あた)?
Q4:統計則は観測年数によってばらつきが出てしまうことはないんですか(はひ)?
A2~4:式に使われている係数は、結構経験的に求められたものが多いのは確かです。実験や観測事実によるデータ蓄積により、徐々に精度が上がってきているというところでしょうか。しかし、データ蓄積に時間を要するのは自然現象の常であり、現象解明、特に地震現象把握の難しさなのです。再現実験ができないので、電気情報系や医学系と違ってデータ蓄積に時間がかかるのです。そして、何年くらいデータを集めればよいかというものではありません。如何にデータが蓄積されても我々は不確定要素(データのばらつき)を払拭することはできないからです。統計則や物理式に現象を置き換える際、我々はモデルによる単純化を行っています。その考え方自体に不確定要素が入り込む余地があるからです。その不確定要素の大きさをどの程度と見なし、設計に安全率として取り込むか、その考え方(余裕のある設計)を忘れてはいけません。効率性を求めすぎると安全が失われます。


Q5:Gutenberg and Richter式の展開も統計則によるもので、最大マグニチュードを求めることができるのは分かったのですが、観測期間がたとえば100年で最大マグニチュードが6.0だったとしたら、再現期間が500年の6.1以上のマグニチュードが来る可能性は無視しているのですか(こゆ)?
Q6:最大マグニチュードというのはあくまでそれまでのデータから想定されるもので、それ以上のマグニチュードの地震が起こる確率は0ではないと思いますが、その確率を求めることもできるのでしょうか(たゆ)?
A5~6:統計学のみですと、そのエリアで観測されていない大地震は無視されてしまいます。しかし最近は、地質学的な断層調査が進みつつあり、かつて動いた断層が見つかっています。調査により活動の周期や大きさが分かってきており、そのデータも使うことで、大きなマグニチュードの地震も見逃されなくなりつつあります。


地域係数に関する質問です。
Q7:地域係数によって最大2割もの変化があるのには驚いたが、その違いを実験などで直に目にしないと、どれほどの違いがあるのか今一つつかめない(かひ)。
Q8:地域係数は設計や構法にとってとても大切なのはよく分かりました。地域係数の大小によって建物の造りは実際に大きく違うのでしょうか(たと)。
A7~8:地域係数を実験で求めるのは難しいですね。なぜなら、「地域係数」=「震源特性」×「伝播経路特性」×「地盤特性」の3つが大きく絡んでいるからです。このうち、地盤特性は調査によりある程度絞り込めますが、地震波の通り道に当たる伝播経路特性や震源特性を特定するのが手強いのです。また、地域係数は地震動入力の大きさを決めるものですから、柱の太さやコンクリート強度などに直にその違いが現れます。


Q9:グーテンベルグ・リヒター則や石本-飯田の式、それから河角マップなど地震工学で使われる式がありますが、新しい法則やマップなどはここ最近発見されているのですか(きあ)?
A9:「発見」というと、たまたま出くわしたと言う意味合いを含んでいるので、「洞察」が良いでしょう。洞察により新しい式や考え方、そしてマップが導き出されてきています。


耐震設計基準についての質問もありました。
Q10:大きな地震が起こるたびに地震に耐えられる構造の基準が厳しくなっていますが、起きるであろうと言われている東海大地震では今の厳しくなった基準の建築物でも倒壊という可能性はあるのでしょうか。また、あるとしたらどのくらいの割合で倒壊するのでしょうか(こつ)?
A10:その可能性が量的に把握できているのであれば、すでに対策はとられているでしょう。そのくらい、難しい問題です。基準は東海地震が来ても層崩壊しないように規定しています。ただし、現在建っている建物全てがその基準をクリアしているかと言ったら、そうは言い切れません。東海地震の震度7の被災エリアでは、木造住家の半分以上(政府見解では2割程度)が倒壊するだろうと思われます。

Q11:耐震設計についていくつかの算出法があることが分かりました。大地震によって厳しくされてきた耐震基準について今後もまた厳しくなっていくことがあるとすれば、何か抜本的に変えていく必要があるのでしょうか(たじ)?
A11:耐震基準は新たな災害を経験したとき(たとえば、1968年十勝沖地震の時のRC建物の剪断破壊により1981年新耐震設計法が施行された)と社会的情勢(たとえば、1993年宮澤-クリントン会談の規制緩和に関する日米双方要望書合意が遠因となり、2000年品確法が導入された)によって改訂されるケースがあります。最近は後者の場合が多いです。


少し話が変わりますが、自然現象は長期スパンで考えていくことが重要です。短期的に結果が出ないから無駄である・無用であるといった短兵急なものの見方が、つい先頃から行われている予算削減のための国家プロジェクトの仕分け業務の判断基準として注目を浴びていますが、科学プロジェクトに関してはその考え方は非常に危険であると思います。また仕分け作業の中で、「なぜ第1位の技術力を求めるのか・第2位でどうしてダメなのか」、と言う厳しい口調で問いつめている女性議員がいましたが、科学の恩恵を受けていながら科学を全く理解していない一方的意見に怒りを感じました。彼女には科学技術はものづくりか金もうけの手段としか映っていないのでしょう。手段であるなら何も1位を目指す必要はなく、物まね技術で安く製品を作った方が効率的であるとでも言いたいのでしょう。科学はトップの技術を目標に頑張り、そして発展していくものなのです。第2位を目指していては科学の発展はあり得ないのです。
そもそも、日本が世界に誇れるものは「科学技術」と「戦争放棄」を除いたら、何があるでしょうか。世界に誇れる仕事をしている政治家が何人いるでしょうか。世界的な仕事をしているジャーナリストや経済学者が何人いるでしょうか。日本の科学技術は、たとえ世界の標準にならなくても(世界標準にならないのは政治力がないからなのでしょうが)、世界の潮流をつくっています。その技術を支えているのは、科学技術者だけではありません。町工場の職人も世界的技術で貢献しています。日本の科学技術は広く国民に支えられ、世界トップを走り続けてきたのです。今や日本の唯一の希望であり、お家芸である科学技術はこれからの日本の将来を背負う若者に受け継がれなければなりません。それを足下から崩すような愚策を受け入れられるわけがありません。若者の夢をくじくような言動に日本の科学者は怒っています。



【2009年11月25日】
■第6回 確定論的地震動予測
地震動予測のもう一つの手法であり、都市計画的防災対策の入力評価の手法について説明します。
Pdf(977kb)

講義はシリーズ化されているので、1回抜けると次回以降がつらくなります。
今日は製図の〆切ということで出席率が非常に低かったので、休講とします。

【2009年12月2日】
断層メカニズムについて、基本的には二つの偶力(Double Couple Force)で説明ができることを解説しました。物理学が少し出てきたので、難しいと感じたという反面、震源の考え方が少し理解できた・断層の複雑な動きを知りニュース報道される地震のイメージが変わったという感想もありました。原理やメカニズムの理解が進むことは大変によいことです。今までのものの見方や世界観が広がると思います。

地震工学が少しずつ理解できてきました(うと)。
という、うれしい感想ももらいました。私が本講義で述べている地震工学は、巷に販売されている地震工学テキストとは違う内容を多く含んでいるはずです。それは、私が考える地震工学は、地震学(理学)による現象理解を防災につなげる橋渡しの学問という基本理解は他者と異論のないところだと思うのですが、これまでの地震工学が扱う対象は地震動-建物基礎-建物(構造物)のハードに留まっているものがほとんどだと思いますが、私が対象とするのはそれに加え、建物の中の人間や建物集合としての地域や都市・そして人間活動を含めた社会というソフト的なものも被災対象としており、それに影響する地震動現象理解(理学)の話から始めるべきであるという信念に基づいているからです。その違いは、単体ハードの問題には地震動は1点入力を考えれば良いのに対し、ソフト問題への入力は面入力の地震動を考えなければならないということです。そのために、地震学の話が少し詳しくならざるを得ないのです。地震学が防災実務・防災行政にどう直結するかは、次回のお楽しみ。

地震を点震源として考えるアプローチと面震源として考えるアプローチがあることを、日米の被害研究の歴史比較から解説しました。単純な考え方である点震源の有用性についていくつか疑問が投げられました。
Q1:点震源の考え方は今でも十分通用するものなのでしょうか(こつ、くま)?
Q2:点震源と面震源、どちらが主流なのでしょうか(おた)?
A1・2:考え方を単純化すれば、それだけモデルと実態との乖離(誤差)は大きくなります。いずれにしても、この問題は様々な境界条件の中で種々のアプローチ法の中からどうやって最適アプローチを取捨選択するかという意思決定問題に一般化できます。モデルと実態との誤差が、施行目的に照らし、実用上無視できるかどうかがそのアプローチの選択可能性を決定づけると考えればいいわけです。そのようなことで、現在、点震源も十分に実用上有効です。実際に、確率論的地震動予測法では点震源的扱いがほとんどですし、即時性を要求される緊急地震速報やマグニチュード推定には点震源アプローチが主流となっています。


Q3:点震源と面震源の互いのメリット、つまり点震源のように素早く、面震源のように詳細で正確な地震情報が得られる手段はないのか。そのような研究はなされていないのでしょうか(はひ)?
A3:そのための研究が日夜行われています。色々なアイディアが出されていますが、一つ以下のような方法が提案されています。あらかじめ当該地域近辺に発生しそうな地震を想定し、面震源で様々な地震動分布をシミュレーションしデータベース化しておきます。地震発生時に観測された地震動分布とシミュレーションしておいた地震動分布とをパターン認識させ、即座に震源パラメータを近似値として推定するというものです。


Q4:距離減衰式は地域によって大きなばらつきが出てしまうというお話しをされていました。つまり最終的な判断というのは、過去のその地域のデータがないと判断は難しくなるということでしょうか。また地震によっても距離減衰式のばらつきが大きいということでしたが、やはり地震の波の減衰を考えるのは相当に困難なことなのでしょうか(おこ)?
A4:距離減衰式は、地震でも地域でも大きくばらつくという話をしました。その原因についても減衰モデル構築過程にあるという話をしました。
 まず最初の質問、データがないとダメなのかということですが、観測事実または観測結果を推量するためのモデル定数を知ることが地域の減衰特性を理解する上では欠かすことができません。これは物理学の基本であり、どのような学問でも科学的な判断を下すには、観測値なしには断定できません。このことこそ、本講義の第1回目にお話ししたF.ベーコンの言葉「認識は経験の果実である」に代表される帰納法であり、現代物理学の基本姿勢なのです。なお、第5回(2009年11月11日)のいよ君の質問Q1も同様の質問ですので、回答を参考にして下さい。
 二つめの質問、高精度に減衰を考えることは困難なのかということですが、確かに高精度で減衰を評価することは地球内部の伝播媒質の異方性を考えれば、単純にモデル化することは大変に危険なように思われます。しかし、波の減衰が評価できなければ必要とする我々の地域に地震動が推定できません。すなわちある誤差範囲の中で評価することは必要ですし、意味のあることなのです。重要なのは、その誤差範囲を量的に把握することです。これは安全係数とか安全率とかいわれるものであり、真の値を精度良く評価することが難しい場合、実用上世の中を動かすのに必要な工学的判断と理解することができます。


Q5:地震環境の違いが日米の地震工学の歴史を変えたと仰っていましたが、それぞれの得意な分野での技術協力や知識交換はどのようになされてきたのでしょうか(こゆ)?
Q6:地震工学においては国どうしの情報交換が大事なのではないかと思った(みし)。
A5・6:研究上の情報交換は学会・シンポジウムや論文等による討論で公開されています。地震工学に関しては、4年に一度(オリンピックと同年に)世界交流の場としての世界地震工学会議(World Conference on Earthquake Engineering)が開催されています。今では、インターネットで学術論文が購読できたり、研究資料を入手したりできるので、情報交換の環境は格段に進展してきたと思います。



【2009年12月9日】
■第7回 地盤増幅問題
ハザード評価の最後のテーマとなります。日本のお家芸、地盤問題です。
Pdf(609Kb)

そろそろ期末試験のことが気になり始めてきた学生がいます。今学期は、期末試験は考えていません。希望があればやりますが。普段の参加態度で判定します。鋭い質問や意見は加点されます。寝ている学生は問題外ですね。

Q1:地盤によって揺れ方などが違うことが分かりました。平地でも地盤(状態)が異なるところがあり、見た目では分からないと思いました(いよ)。
Q2:似たような形状をした大地や平野でも、歴史的な経緯、成り立ちによって地震の影響が何倍も変わってくることに、興味を持ちました(たじ)。
Q3:一般の人は土地を買ったり家を購入する際に地盤の揺れやすさの情報は手にはいるのですか、自分で調べるのですか(たと)?
A1~3:地盤の影響が思った以上に大きいことを理解してもらえたでしょうか。ですから、関連する情報を集め、解釈することが大切であり、一般住民にもそれが求められているのです。市場経済においては情報の非対称性(売り手と買い手の持っている情報格差問題)のため、不合理な低サービスを押しつけられる可能性があります。そのようなことのないように、情報を正しく集め理解しておく必要があります。現在は、地盤の揺れやすさに関する情報もウェブ上で探すことができるようになってきました。但し、今自分が購入を計画している土地に関して、ピンポイントの情報が得られるかというと、難しいかもしれません。そのような場合、業者に情報を求めることもできますし、地盤調査を依頼することもできます。しかし、残念ながら、社会的認知度や関心は土地の揺れやすさに関しては、まだまだ低いといわざるを得ません。今日学んだ学生は、そのようなことはありませんね。


Q4:液状化によって浮き上がった地表面は時間がたてばまた元に戻るのですか(くま)?
A4:液状化により地表面は浮き上がるというか、流動化します。それは液状化の痕跡として残り、元の状態に戻ることはありません。一度液状化すると、排水され体積収縮を起こし、一時的に液状化しにくくはなりますが、液状化の条件(等粒度の土壌と高地下水位)は保持したままですので、年月経過と共に再び液状化しやすい土壌に戻っていくようです。根本的な土壌改良や地下水位を下げる等の工事をしなければなりません。


Q5:東京について、台地や低地の違いだけではなく、地下地質の違いが震度に大きく係わってくることが分かりました。この地下地質を改善するための手段には、どういったものがありますか(みま)?
A1:大深度の地下改良は難しいですが、地表層の地盤改良については、2006年度のQ&A(2007年1月16日のQ3)をみて下さい。


【2009年12月16日】
■第8回 地盤増幅問題+被害関数
前回の残り、地盤増幅(理論解析)について解説しますので、前回の資料を持参のこと。これで、ハザード問題は終了です。
次にリスクに入ります。まずは、建物被害から。建物の被害評価の方法を解説します。
pdf(1.2Mb)

関連資料として、家庭でできる防災マネジメント講演会資料を配付します。わが家の被害評価をやってみましょう。
pdf (1Mb)

今年最後の講義でしたが、地盤の増幅メカニズムを理解してもらえたでしょうか。式は若干難しかったかもしれませんが、基本は三角関数の微分です。オイラーの公式で指数関数を使えば、式の展開が非常に楽になることが分かったと思います。式の展開も重要ですが、それ以前にメカニズムをイメージできることがより重要です。まな板と豆腐のメタファー(隠喩)で地面の増幅率と固有周期が堅さの比と厚さで記述できることが理解できたでしょうか。あた・とさ・はひ・かと君からはイメージがつかめたとのコメントでした。「基盤と地盤との境界層を透過した波が地表層でトラップされ、反射を繰り返して波どうしが重なり合い増幅する」というイメージです。

Q1:地盤が深いところに大都市が集中していました。その理由は何でしょうか(かや・あた・たと・みし)?
A1:都市が発達する地理的条件を考えてみましょう。平らで広い土地と水の供給が容易な場所ということになるでしょう。これは平野が持つ条件そのままです。次に、空間的に広がりを持つ大きな平野と狭い空間の盆地の堆積層厚を比較してみましょう。一般に、横に広がる沖積平野は大河が山から運んだ土砂が堆積してできたものです。横への広がりは、同時に厚い堆積層を作り上げます。下図のようなイメージです。


 

 




実際にデータを使って調べてみました(岡田・鏡味、1978)が、大凡そのような関係を持っています。また、断層は山を切り開きそこに道を造ります。人間はそのような自然の条件を利用して町や道路を造ってきました。

Q2:軟らかい地盤では基盤まで基礎を打つ以外に建物を建てる方法はないのでしょうか(いよ)?
A2:基盤まで届く基礎杭を支持杭と言いますが、基礎まで届かなくても杭と地盤との摩擦で建物を支える方法があります。摩擦杭と言います。本数を多くすることで支持力を高められ、不等沈下に十分対応できます。但し、地面が全体的に沈下すると杭ごと沈下しますが、逆にこれを利用して、軟弱地盤では経年的な沈下による地面と建物との段差を発生させない方法として利用する場合が多いです。支持杭だと地面が沈下しても建物は沈下しないので、段差ができてしまいます。不等沈下対策としてはべた基礎も有効です。


Q3:大きな地震などによって基盤や地層の密度や深さ、堅さが変わることはあるのですか(くま)?
A3:断層極近傍では土の物理定数(密度、剛性、波の位相速度)が変わることもあるとは思いますが、一般に、地震動は弾性範囲で議論しますので、物理定数は大地震後も不変と考えて良いでしょう。但し、液状化や崖崩れ、そして人工改変した土壌は例外です。

被害関数の話が途中で終わってしまいました。今回は被害の定義のところまででしたが、全壊・半壊・破損の定義がよく分かっていませんでしたが、今回の授業で理解することができました(かや)、とのコメントもありました。意外と基本的なところが分かったような気になっていたということが多いものです。しっかりと理解しておきましょう。


Q4:引張・圧縮・ねじれなど、様々な力が地震の際に生じると思いますが、どういった材料を部材に使用すると、丈夫な建物ができるのでしょうか(みま)?
A4:材料の基本的な話です。建築材料でいうと、引張に強いのは鉄、圧縮に抵抗する能力が高い材料はコンクリートや石です。曲げは引張と圧縮の両方の力が作用しますので、ハイブリッドで対応します。鉄筋コンクリートがその代表格です。

では、また来年。



【2010年1月13日】
■第9回 被害関数+リスクマップの利用法
ハザードからリスクを評価するのが被害関数です。それをマップ化したのがリスクマップで防災対策の最も基礎となる重要な資料です。しかし、残念ながらそれを有効利用しているとはとても言えない状況です。何が問題で、本来どうあるべきなのかについて解説します。これまでにも講義で扱ってきた内容ですが、ここで、まとめて整理しておきます。
pdf(995Kb)

Q1:町は軟弱地盤でないところから発達してきたように見えます。今でこそ、ボーリング調査等で軟弱地盤かどうかは分かるのですが、何百年も前にはそんなものはなかったと思います。当時の人はどうやって軟弱地盤であることを知ったのでしょうか(あた)?
A1:ズバリ、災害の歴史です。土地や場所には名前が付いています。地盤状態に関係した名前も結構あります。○○谷とか○○窪などは、かつては低地帯の水辺であったところであり、地盤の悪いところにそのような名前が付いています。他にも色々ありますので、調べてみて下さい。


Q2:軟弱な地盤への人口流入を防ぐ手段として、市街化調整区域に指定することが有効であるということでしたが、地盤を改良し軟弱な地盤を強くするということは容易にできないのでしょうか(いか)?
 市街化調整区域指定は住民が理解を示してくれればよいのですが、いずれ住民の声に押され指定解除されてしまうのではないでしょうか(いか)。
A2:地域全体の地盤改良は大がかりな話ですが、個別には住宅の基礎杭を適切に打つことで対策は可能です。しかし、個人が相応の経費負担を負うことになります。コストパフォーマンス的には地域地区指定が最も効果的です。安全な地域の住民税を高くし、その税を危険地域の安全化に活用する「安全の再配分」も「富の再配分」と同様に将来的には認められるかもしれません。
 2つめのコメントに対する私見ですが、現在は残念ながら住民からの住宅地開放の声が大きく、大都市圏では市街化調整区域は指定解除の方向で動いています。指定解除の防災危険性の理解の基でそのような流れができているのであれば未だ良いのですが、状況の無理解・無節操で流れができあがることが問題です。


Q3:まちづくりにおいて解決しきれない重大な問題が山積みだが、実際全て解消するのは不可能だと思う。そんな状況にある今日、県庁など都市計画に携わる期間は耐震計画にどれほどウェイトを置いているのでしょうか(はひ)?
A3:世の中全てのことがそうですが、問題が完全解決することはありません。必ず別の視点からの問題が発生してきます。それが、集団が構成する社会の宿命です。社会工学とはその集団の矛盾調整であり、方向性の意思決定をする学問なのです。


Q4:どのくらいの頻度でリスクマップ・ハザードマップが更新されているのですか(つひ)?
 また、その作成にそこに住む住人の参加はあるのですか(つひ)?
A4:誘因としての自然環境と素因としての社会環境の変化のスピードに応じて、マップは更新されていくべきです。一般には、自然環境は災害が発生した場合は急激な変化を見せますが、普通は100年程度のタイムスパンでは違いの変化を実感することはありません。むしろ社会環境の変化の方が早いので、5~10年間隔くらいが適当と考えます。
 マップの作成段階における住人参加は今のところありません。マップの利用段階で参加すべきです。



【2010年1月20日】
■第10回 都市防災の基礎
災害の歴史と耐震構造および都市防災の歩みを解説します。ここまでの講義でも都市防災について触れてきました。主として地震動に対する耐震化を地域的にどう進めたらよいかという耐震化行政の話でした。しかし、都市防災といった場合、一般には耐震化の地域性が問題になるのではなく都市大火(延焼問題)が問題視されます。建築(構造)防災と都市防災が何となく住み分けされ、研究者同士のコミュニケーションがないのはその扱いの違いにあると思われます。地震防災という枠組みで考えると、本来、建築構造と都市防災とは同じ土俵に載るはずのものなのですが。研究者間の意識のブレイクスルーも必要だと強く思っています。今回の講義は、都市大火対策に軸足をおいた都市防災のお話しと、道路・ダムといった昨今ムダの代表格扱いされている公共土木政策のあり方について私なりの考えをお話しします。
pdf(195KB)

対策の歩み年表もアップしておきます。これで、メモ取りも相当楽になるでしょう。が、単に聞き流ししていてはポイントを掴み損ねます。話の肝をつかみ取る集中的聞き流しのノウハウを身につけて下さい。
pdf(13Kb)

なお、今年度の課題も出ていますので、単位の欲しい学生は普段の質問票に加えレポート提出を必須とします。


Q1:日本という国は災害が起こって大きな被害を受けて初めて法を改正したり、作ったりしてきた歴史がある。しかし、過去の経験・失敗から学ぶことも大事で、災害が起こって大木は被害を受ける前に予め対策をしてそれを防ぐことも可能だったのではないかと思った(あた)。
Q2:日本では震災の復興の時に都市計画が生まれたことに驚きました。また、法規の授業で習った仕様規定と性能規定が理解できるようになりました(かや)。
A1:都市計画とはそもそも防災から始まったのです。西欧においては、防災とは他の民族からの攻撃に町を護る防御機能として、ハード整備や公共としての制度整備が進んだのですね。日本は、他民族からの攻撃は受けませんでしたが、自然からの攻撃は多々受けてきた民族です。自然は驚異であると共に恵みをもたらしてくれる神の存在だったのでしょう。自然に立ち向かうという発想・姿勢は育まれなかったのでしょう。イヤなものはすぐに忘れようとする国民性(楽観論)が優位に働いたのでしょう。誰でもネガティブなことを引きずるのはいやですよね。ポジティブ思考でありながら、過去の教訓は忘れない・・・このような防災思想が大切ですね。


Q3:東京の都市計画は途中のままであるけれど、木造のアパート群など危険なところもあるので、これから先、都市計画が進むことはないのでしょうか(かと)?
A3:日本の大都市のように統一性のないスプロール現象は、文明国家の中では希有のものだといわれています。ロンドン、パリ、ニューヨーク、ベルリン等々、街の軸線が明快です。東京はそういう意味では不幸でした。復興期に雄大な計画があったにも関わらず、それを推し進める行政支援がなかった。行政マンの都市計画レベルも熟成していなかったし、戦災復興期には米国による横やり(ドッジライン)が計画をしぼんだものにしてしまったわけです。東京はもう一度破壊されたときが、復興のチャンスなのです。


【2010年2月3日】
■第11回 ユビキタス社会を前提とした新しいモニタリング情報技術(1) ~死者問題とその対策~
近年のコンピュータネットワーク社会の発展は目覚ましいものがあります。我々の生活スタイルを大きく変える影響を持つと同時に、我々の生活環境・災害環境にも関わって来つつあります。これからの防災はどうあるべきなのでしょうか。これまでの10回の講義を通して、当研究室の最新研究をようやく紹介できる下地が整いました。今回と次回の2回を使って、これまでの講義の中で皆さんへの宿題としてきたあるべき防災の姿を、当研究室の仕事を通して紹介したいと思います。テーマは家族を守る個人のための防災システムです。行政のための防災戦略についてもお話しする予定でしたが、時間がとれないので今学期は省略します。
pdf(2.5Mb)

今回から当研究室の研究紹介。色々な意見がありました。また、提案もありました。学生から積極的な意見が出され半期の成長を実感し大変に頼もしく思いました。
Q1:今回のような「建築と死」のような話は、建築を志す者が全員聞いた方がよいと思いました。安全が求められている現代で、現実、死まで考えて設計したり日々を過ごしている学生はいないと思うので(つし)。
Q2:ドリンカー曲線が印象に残りました。心停止から20分間で社会復帰できなくなるということで、建物の安全性は改めて重要なことであると感じました。安全性を高める建築方法について知識を深めたいです(みま)。
A1・2:興味の範囲が広がったということで、講義のしがいがあります。問題意識をこのままずっと持ち続けて下さい。


Q3:RC造は一度壊れると危険だという話が意外だった。木造に比べて安全なイメージがあったが、このことは耐震設計をする上で課題になると思った(みし)。
Q4:RC造は剪断破壊が起きると人が下敷きになってしまう恐れがあるので「手抜き」をしないことが重要なのだと分かった。また避難施設などはより強固にすることも二次災害を防ぐことにつながると思った(とた)。
A3・4:RC造も木造も、構造的には延性破壊構造物に分類されますが、建物内の居住者にとり、一度破壊し始めるとそのときには揺れが大きく、避難行動は不可能です。その中で破壊するわけですから、居住者にとりどちらもあっという間の破壊形態(いわゆる脆性的破壊と何ら変わることのない破壊形態)です。RCは一度壊れると、石と鉄の塊と化します。破壊しないことが大前提の建物構造です。今日の話を自分の問題として受け止めてくれたことがうれしいです。そのような問題意識をこれからも持ち続けて下さい。


以下は、ユビキタス環境と救助に関した質問、そして新たな意見です。
Q5:ただ地震に強い耐震性のある構造を考えるだけではなく、破壊パターンや内部空間損失といった人がより長く生き延びられる構造について考えられていることにとても共感し、興味を持ちました。そういった点で、ユビキタス社会において、地震災害をデータ化して扱うだけではなく、人の生存のために破壊状況や内部空間の状況などをコンピュータで扱うようなことができるようになればよいのではと思いました(たじ)。
Q6:災害時に救出されるまでの時間が大事なのなら、ユビキタス技術を生かして、時間が短縮できるようなシステムを建物内に作ることはできないのだろうか(かひ)。
A5・6:ユビキタス社会に対する提案ですね。当研究室が目指しているところは正にそこのところです。地震でも壊れない人感センサーを建物内に多数ネットワーク化すればできそうな気もしますね。


Q7:情報を使ったアクティブな制震があるということを知り、とても驚きました。このシステムが実現すれば、地震に対して受け身であった構造学が変化するのではないかと期待してしまいます。RCの破壊のビデオを見て、自分が思っているよりあまりにも早く破壊されてしまうのだと知りました。RCは場所によって即死と軽傷に大きく分かれるということですが、それぞれの場所に特徴はありますか(かや)。
A7:アクティブな構造学とはうまい表現だと思います。これからの建築のテクノロジーのあり方を示唆しています。質問は、破壊したRC建物内では即死する人もいる反面、その中でトラップされているものの軽傷や無傷の人も多くいるという話に関するものです。安全空間と危険空間の場所性の問題ですが、それは柱や梁の配置計画が大きく関係しそうですね。


Q8:建物の破壊後の致死率と生存率に関する構造と内部空間の関係が興味深かった。木造の即死率の低さとRC造の生存率の高さを兼ね備えた新たな構造を研究してみるのも良いかもしれない。たとえば、木造のような軽い材料を用いて、部材にわざとひび割れを入れておいて、地震時にそこから壊れるようにするなど、どんな風に壊れるかをコントロールできるのではないか(あた)。
A8:予め材料に亀裂を入れておく方法は試みられていますが、おもしろい発想だと思います。もっと飛んだ発想もあるかもしれません。揺れた瞬間に軽くなる材料というのも将来的には出現するかもしれませんね。そのような柔軟な発想法をこれからも忘れないで下さい。


Q9:地震情報を直前に流すネットワークがあるのは分かったのですが、地震が起きた後に、被災地に迅速に救助に向かうというようなシステムは構築されているのでしょうか(いか)。
A9:SARの問題です。今のところそのようなシステムはありませんが、建物の壊れ方から生き延びる可能性のある人がトラップされているかを推定するシステムを考えようという話は持ち上がっています。


工学とは何を目指す研究領域なのか。これは本講義の第1回目に皆さんに提示した問題でした。これまでの講義を通して、また今日の講義の感想として、これに関する意見やこれからの工学のあり方についても述べてくれました。
Q10:救助や医療行為よりも、致死率を下げるためには、やはり建築行為次第だと思った。ただ、現状では救助にかかる時間が長すぎる。10年後、100年後にはもっとテクノロジーも発達して、致死率も今よりずっと下がるだろうなと思った。いつか、テクノロジーで地震すら操作できるようになりそうだ(おく)。
A10:今日の話はテクノロジーの行け行けドンドンの話だったので、景気の良い意見が出てきました。地震のコントロールは人類の夢ではあります。いつかかなうと良いですね。考え方というか、気の持ち方というか、災害を受動的にただ受け入れるのではなく、災害に対して攻撃的なテクノロジーというがあるのではないかと思っています。Q7に出てきたアクティブな構造学はそれと同じ路線の考え方ですね。


Q11:ユビキタス社会がこれからドンドン進んでいくと思います。得ることができる情報量が増えていく結果、耐震でなく免震や制震などになっていく可能性もあると思うのですが、今の日本又は世界規模ではどの分野の研究が盛んなのですか(こゆ)。
A11:世界的に見れば耐震が優勢でしょう。アナログチックな防災システムですが、その単純さがシステムとしての頑強さを保証してくれます。しかし、私としては、これからは制震の分野に期待したいと思っています。なぜなら、そこには新しいテクノロジーののびしろが多く残っているからです。進化の予兆がそこにはあります。誰もやっていないこと・どこにもないテクノロジーを追い求めるのが研究者です。世界第2位を狙って満足しているようではダメですね。


Q12:データ→情報→知識→知恵という段階分けについて、自分が何かを覚える際もこの段階に分けられているように思われました。
ユビキタス社会について、この社会が進むと機械によって管理されたすごく違和感を感じる社会になりそうな気がします。このようなハードで固められた社会でなく、ソフト的なもので関係性がもてる社会ができないのか、また、どちらの社会がより進んでいると言えるのか考えさせられました(つひ)。
A12:講義を色々と考える素材にしてくれてうれしいです。
ユビキタス=ハードとは考えない方が良いでしょう。確かにテクノロジーはハード的ですが、考え方や思想はソフト的ですね。漫画的といった方がよいかもしれません。機械に管理されるというステレオタイプ的イメージが、どうも日本社会には蔓延しているように、私には思えます。もっと明るい社会を夢見てみませんか。私はテクノロジーに関してはポジティブ思考なのですが。そうは言っても・・・(次の質問回答でも関連の話が)。


Q13:自然現象さえもデータとして扱い人間がいいようにコントロールする技術はすごいと思う。それで被害が少なくなるならもっと発展させていって欲しいと思う(くま)。
A13:人間はテクノロジーを発達進化させ自然を含む多くのものを制御可能にしてきました。その反面、その制御システムの平衡状態が破られると制御不能の新たな災害を作り出します。工学研究者は負の効果を恐れず(忘れてはいけませんが)、テクノロジーの進化を目指すべきだと私は考えます。問題はそれを使う側がどこまでシステムを理解しているか・そしてそれをどう使おうとしているのか、そこにあると思っています。テクノロジーの負の効果の責任を工学者に押しつけるのは、人類が受けている恩恵を忘れ犯人捜しをしている欺瞞的エセ人道主義・偽善者、また未来を捨てる暴挙としか思えません。オプティミスティックにテクノロジーを推進し新しい選択肢を提供する人たちを、先細りの現代社会だからこそ人類は必要としていると思います。


Q14:ユビキタス社会が到来して、緊急地震速報などの情報が手に入りやすくなったが、パソコンやテレビの有無などツールを持っているかいないかで全ての人々が情報を手に入れられるわけではないので、もっとアナログな部分での情報の公開が必要なのではないだろうかと思った(かと)。
A14:そのとおりですね。これからは情報格差がより深刻な問題となっていくことでしょう。


Q15:大地震が発生したときにRC造・木造・S造等の構造の内、どの内部にいれば安全な可能性が高いのかは、一概に言えないのでしょうか。RCだと即死が多い、一方で木造は遷延死が多い。地震に適した構造とはあるのでしょうか。
A15:それぞれにメリット・デメリットがあります。また、安全性のみではなく、好みやライフスタイル、それにコストの問題も絡みます。最近は環境に優しい材料を選べなどとの要請もあります。どの構造を選択するかは多くの要素を考慮しなくてはならないのです。これが、本講義シリーズで一番初めに述べた工学の目指すべきものとは何か・・・。トレードオフの中での意思決定が工学の神髄なのです。


1階と2階の死亡率の差を瓦礫の仕事量で説明しました。これに関して質問が来ました。
Q16:1階と2階では2階の方が安全でしたが、より階数が高い方が安全なのでしょうか(あた、いよ、ちぎ)。
A16:中層階の建物では、崩壊の場合、下層階がつぶれる破壊パターンが多いので、下層階の方が危険です。しかし、つぶれなかった場合(これがほとんどの場合ですが)、揺れは上層階の方が大きいので、家具の転倒確率は上層階が高く、負傷の危険性もそれに応じて高くなります。高層建物の場合は、高次モードで震動しますので、事情はもう少し複雑ですが。これも二律背反(トレードオフ)の問題です。上層階で怪我をするか、下層階でつぶれるか、どちらを選びますか。どちらもいやですよね。ではどうするか。その一つの答えが、今日の講義(死者問題と対策)であり、来週の講義(負傷者問題と対策)です。


Q17:死に関わる行為で建築行為・救助行為・医療行為がありますが、自分はどうしたらいいでしょうか(ごし)。
A17:まず、身の回りに危険があるのだという「認識」です。そして、それがこのような原因によってもたらされるのだという「理解」です。そこで初めて「対策」が始まります。おっと、自分はどうなのだという3番目の「評価」が抜けていましたね。これがリスクマネジメントです。



Q18:災害によって様々な死因があるのが分かりました。ミクロ的な視点では、即死・遷延死の割合を減らすことが生存率を上げることにつながることが分かりましたが、マクロ的な視点ではどのようなことができますか(はひ)。
A18:時間がなくて今学期はマクロの話ができなくて残念です。死者をマクロ的に捉えることをmass casualtyと言います。主に行政の施策に関わる話となります。当研究室ではこれに関して、行政の耐震化戦略を研究提言しています。私のホームページの中にあります。探してみて下さい。



【2010年2月10日】
■第12回 ユビキタス社会を前提とした新しいモニタリング情報技術(2) ~負傷者問題とその対策~
さて、最終回です。未来を感じるシステムを紹介します。地震で怪我を防ぐための実際に役立つ情報を伝授します。
pdf(3.3Mb)

誘導システムを動画で紹介しましたが、如何がだったでしょうか。驚いた・おもしろいという評判が多かったので、次世代を支える若者の感性にも受け入れられるシステムとして、完成度を高めていきたいと思いました。元気の出るコメントをありがとう。

逆に、誘導も重要だけれども、もっと重要なこともあるのではとの指摘もありました。
Q1:技術ばかり進んでも防災に対しての意識ばかりはどうしようもありませんね。新たな技術の開発よりも、今の技術の普及を重視した方が目先の防災には役立ちそうです(つし)。
A1:「技術開発」と「技術普及」の問題指摘ですが、どちらが大事ということはありません。どちらも大切です。当たり前のことですが。
名古屋工業大学は「ものづくり」を大学の基本コンセプトにおいており、大学の役割を技術開発研究に留めず実用化を強く意識しています。よって、私の最近の研究も普及を念頭に置いた実用化に力を入れてきました。しかし、本学にはもう一つのコンセプト「未来づくり」があります。これは、目先ではなく遠い将来を見据えた新しい概念・アイディアの創成を意味します。特に若い人たちには、「未来づくり」を忘れて欲しくないなと思っています。


Q2:音声誘導システムはすばらしいと思うが、(誘導された)安全な場所とは(本当に安全な場所なのか)信じ切れないと思ったので、心配ではある。そもそも建物が崩壊してしまったら元も子もないのでは?建物が崩れないのが前提なのでしょうか(あた)?
Q3:良くテレビ番組でタンスや食器棚などの大きい家具に「L字型の金具」をつけて地震対策をしましょうと放送しているけど、今回の授業を聞いてそんな単純なものではないのだなと感じました。しかしやらないよりはやったほうが安全だなとも感じたので、負傷者減少の対策として「家具固定」は重要だと考えます(とさ)。
A2・3:地震対策は一つの対策が全ての対策を包含するというものではありません。
【建物の倒壊を防ぐ対策】+【室内空間を安全化させる対策】+【揺れの最中の行動を適切化させる対策】=【安全】、
これらの対策が全て達成されてやっと安全が確保されるのです。従って、個々の対策は積(かけ算)ではなく和(足し算)なのです。どれ一つの対策も抜け落ちては安全を確保することはできないのです。さらに講義の中で何度も強調したことがあります。それは対策の多重化です。一つの対策が破られたとしても、次なる手が打たれていれば、安全はより確実なものとして担保されるのです。それがリスクマネジメントです。


Q4:家具からの二次災害に注意しなければいけない。始めから全て建てるときに備え付けにしておけばよいのに現実的には難しいのでしょうか(おこ)?
Q5:ル・コルビュジェが推奨した作りつけの家具であれば、転倒することはない。彼はもしかしたら、そういったことまで考えていたのかもしれない(くし)。
A4・5:作りつけの家具は私も賛成です。安全面のみならず、デザイン性や機能性でも優れた方法だと思います。しかし、全ての家具を作りつけにすることは不可能です(食堂列車やフェリーのキッチンは安全面において参考にはなりますが、デザイン性や機能性においてはどうでしょうか)。作りつけのキャビネットに収納することはできるでしょうが、収納場所に完全固定することは、全ての家具が可能というわけではありません。リスクマネジメントの基本である多重化の重要性(上記A2・3)をここでも強調したいと思います。


Q6:僅かな震度の変化によって、家具の転倒に大きな差が出ることに驚きました(たじ)。
A6:災害現象とはそういうものです。「僅かの差」が死につながったり、逆に生を呼び込むのです。その僅かの差を生に繋げるのに「運まかせ」ではあまりに危なっかしいではありませんか。「僅かの差」を「生に繋げる必然」は「現象の理解」によるのです。本講義シリーズで生に繋げるための理解が進んだでしょうか。


私の、名古屋工業大学での耐震設計学の講義は今回で最後となります。この講義は形を変え、北海道大学でも引き続き行う予定ですので、興味があれば、時々本ページにアクセスしてみて下さい。皆さんのこれからの成長と活躍を期待しています。

最後の質問票を返却します。私の研究室扉の返却ボックスに入れておきますので、取りに来て下さい。

***レポート課題***
課題:わが国の社会基盤整備・防災はどうあるべきか。文献・講義等を参考に私論を展開せよ。
〆切:2010年2月19日(金)17:00
提出:eメールに添付(okd@nitech.ac.jp)。メールの題目は必ず以下とすること。
2009耐震設計学レポート


⇦講義用ホームページへ戻る                                          ⇧ページ上部へ戻る