碩学泰斗との対話

地震学、建築学、環境学、芸術、哲学など各界の碩学泰斗の方々と、E-mailによる対論をここに再現します。私の専門である地震防災ではなく、平時における「自分」とは異なる姿をお見せします。対話の元になる場は富樫豊氏主催の『「災害と社会」研究談話会』です。研究談話会のURLは下記のとおり。
https://st294447.static.jp/danwakai.html

 研究談話会において、メンバーと多くの議論をさせていただいてきました。ある時は研究談話会が終わった後でもメールでご意見やご質問をいただき、そのままメールの往復で議論を楽しませていただくことも暫しあります。最近、伊原康隆・藤原辰史共著の「学ぶとは ~数学と歴史学の対話~、2025(ミシマ社)」という数学者と歴史学者の往復書簡集を感慨深く読み、このような形で議論を残すのも良いものだなと思うようになり、研究談話会の報告集に投稿させていただきました。本ページはその投稿論文の引用です。
 研究懇談会は多種多様な専門領域からの直言居士の集まりで、まず専門分野からの講師の話題を端緒に、各自の専門性を抜きに自由闊達に議論が展開されます。よって、発言者の専門分野以外の言及については、少なくない思い違い・勘違い・事実に基づかない俗説などが忍び込んでいる可能性は否定できません。それを誤りと捉えるのではなく、他の専門分野からの問題提起の一つと捉えていただきたく存じます。読者諸氏の思索の刺激となれば望外の喜びです。ここに登場していただいた研究談話会メンバーの先生方には、たいへんに真摯に、克つ丁寧に議論いただいたこと、厚く御礼申し上げます。先生たちとの議論は、私の視野を大きく広げ、そして深く興味を掘り下げてくれました。。

対話者の現職と主な活動(掲載順):
熊澤栄二氏:専門は建築論。石川工業高等専門学校・教授。博士(工学)。
木俣信行氏:持続可能社会研究会主宰。環境影響評価。
富樫豊氏:NPO地域における知識の結い・代表。工学博士。
佐久間博氏:アトリエ佐久間一級建築士事務所・代表。一級建築士。
川崎一朗氏:地震学。京都大学名誉教授。理学博士。
橘美知子氏:芸術学。滋賀大学名誉教授。
神田順氏:建築構造学。東京大学名誉教授。工学博士。
外岡豊氏:環境政策学。埼玉大学名誉教授。工学博士。


1. 自然科学を超えて:人為的要因で発露する自然災害を哲学的に論考する意義
岡田成幸・熊澤栄二:2021年2月10日~2022年1月2日
要約:
熊澤と岡田の往復書簡は、建築論と防災哲学を起点に、科学技術と人間、倫理の関係を多角的に問い直す対話である。科学の進歩が災害や社会制度に与える影響をめぐり、両者は西洋哲学や科学史を参照しつつ、技術の本質とその倫理的責任を探究。福島原発事故やAIの問題を通じて、技術の暴走と人間性の危機に警鐘を鳴らし、哲学的対話の継続が「自分流防災学」構築への道を拓くと結論づける。
2. 建築の社会的共通資本化とベーシックハウジングの社会実装を目指して
岡田成幸・木俣信行・富樫豊:2021年9月28日~2025年2月16日
要約:
建築物を「社会的共通資本」として再定義し、すべての人に安全で持続可能な住環境を保障する「Basic Housing」構想の社会実装を目指すための議論である。鼎談形式により、戦後教育や阪神淡路大震災の経験を通じて得られた倫理観や社会正義への問題意識を共有し、建築の公共性とその制度的基盤を再考する。特に、自由主義社会における「自由」と「平等」の調和をロールズの正義論に基づき論じ、災害時に顕在化するリスク格差を平時から制度的に是正する必要性を訴える。建築物の長寿命化と地域資源としての活用を通じて、格差是正と社会的持続性の両立を図る。
3.19世紀後半のウィーンのカフェ文化に関する議論
岡田成幸・佐久間博:2021年10月1日~2021年11月3日
要約:
19世紀後半のウィーンにおけるカフェ文化を通して、人間存在の在り方と知的創造の場の意義を省察するものである。市民革命以降の社会変動と個の自立が進む中、ウィーンのカフェは、階層や専門を超えた自由闊達な対話の場として機能し、芸術・建築・科学技術など多分野にわたる革新の温床となった。特に、様式美から実用美への転換を促した建築のモダニズム運動や、専門性の枠を超えた知的交流が科学技術の発展に与えた影響に注目し、現代における学際的対話の意義を再考する。カフェ文化の歴史的背景とその終焉を踏まえつつ、現代社会における「自由な議論の場」の再構築の可能性についても示唆を与える。
4. 星野先生「人新世」悪夢のシナリオの録画視聴の感想
岡田成幸・川崎一朗・橘美知子・神田順:2023年12月2日~2023年12月6日
要約:
星野克美による講演「人新世―悪夢のシナリオ」の録画視聴を通じて、人類の絶滅をめぐる哲学的・倫理的課題を批判的に考察したものである。星野からは「人類はすでに大量絶滅の初期段階にある」とする強いリアリズムが提示されている。それに対して岡田は星野の著書『人新世の絶滅学(鳥影社)』と比較し哲学的対話の継続の必要性を訴える。さらに、未来世代への責任、文明モデルの再構築、Deep Ecologyの限界など、委員による多様な視点から絶滅の問題を掘り下げ、絶滅の過程における倫理的選択と価値判断の重要性を浮き彫りにする。本稿は、気候危機時代における人類の存在意義と行動原理を再考するための一つの試論と位置づけられよう。
5.哲学と倫理の分水嶺
熊澤栄二・岡田成幸:2023年12月2日~2025年12月5日
要約:
本編は、上記「4.星野先生「人新世」悪夢のシナリオの録画視聴の感想」に関する熊澤と岡田の対論である。前半では、環境問題における責任論から、科学における没価値論としての批判、さらにこの没価値論を規定する哲学と倫理学の根底における批判が展開される。後半では没価値論から科学そのもの根底を批判的に議論すると同時に、現代技術体系の出現のはじまりについて双方による探求がなされる。熊澤は技術社会の発生の歴史を探求することによって技術時代の本質を論じるが、岡田は現代に生きざるを得ないこの技術社会の未来、目的性について議論を展開する。
6.美の普遍性と文化的多様性に関する哲学的探求
岡田成幸・川崎一朗・橘美知子・熊澤栄二・外岡豊:2023年9月16日~2023年9月23日
要約:
「美と芸術」を主題とした研究談話会の討論を契機に、建築における「強・用・美」の三要素に対する再考を試みるものである。まず岡田により、カントの美学を手がかりに建築における“美”が単なる装飾ではなく、普遍的価値や持続性に寄与する要素であることを私論として提示し、それをテーゼとし、ドナルド・キーンの日本文化理解を起点に、西洋と日本における美意識の差異、特に「理解する美」と「想像を喚起する美」の対比を通して、文化的審美眼の多様性を浮き彫りにする。さらに、建築空間における「実」と「虚」、そして「聖」の次元をめぐる議論を通じて、美が倫理や未来志向の価値観といかに結びつくかを探る。西洋哲学の限界と東洋的感性の可能性を踏まえつつ、科学技術の進展と人為的災害への応答において、美意識が果たしうる役割を問い直すなど、質問・反論を通して哲学的かつ実践的な省察が展開されている。
7.都市と地方のエネルギー消費問題を端緒として人間が求める本質を探る
岡田成幸・川崎一朗:2025年4月24日~2025年5月5日
要約:
都市と地方におけるエネルギー消費と二酸化炭素排出の格差を手がかりに、人間が求める本質的価値を思想的に探究するものである。特に、首都圏における過剰な利便性・快適性が一人あたりのCO₂排出量を増大させている可能性に着目し、地方との比較を通じて「利便性」と「幸福」の関係を問い直す。さらに、功利主義的政策が地域間格差を助長し、地方の疲弊や防災・環境問題への無関心を招いている現状を批判的に考察する。人間の本質に関する省察として、自己領域の拡張欲求や科学依存の傾向、さらには多様性と変化への適応力が人類の進化を支えてきたことを論じ、現代社会における倫理的方向性の必要性を提起する。